第161話 もっと幸せになれるから

 うつ伏せになったまま、まだ荒い息づかいのはるの背中が、闇の中で妖しく光を放っていた。

(私のはる)

 日高は、自分もまだ少し肩で息をつきながら、それでもはるからをそらさなかった。

 ついにはるの全てを手に入れたという喜びと。

 女の情念の、これから一生続いていく女の深い情念をはるに植えつけたという罪悪の念が、小指の先ほど、無いわけではなかった。

 それでも。

 -はると結ばれた-

 圧倒的な幸福感の方が、はるかにまさっていた。

 はるの肩甲骨に指を伸ばして、触れてみた。

 と。

「………」

 はるが顔を動かしてこっちを向いた。

 日高の引っ込めようとした手を、はるが掴んだ。

「……私の……、私の想像なんて……私の想像なんて……、はるかに超えてた……」

 はるが、日高を見つめたまま、そう言った。

「だから言ったじゃん。想像以上のことしてあげるって」

 悪戯っぽく、日高が微笑わらった。

 そしていとしそうにはるの手の甲にキスをして、ゆっくり手を離すと、椅子にかけてあったバスローブを手に取って羽織ると、

「はい」

 もう一枚のバスローブをはるにも手渡した。

「ありがとう……」

 はるはよろよろと起き上がると、ゆっくりとバスローブを羽織った。

 日高は立ち上がって冷蔵庫まで行くと、二本のミネラルウォーターを手にして戻って来た。

「はい、はる」

「ありがと」

 はるは両手で受け取った。

「あー、おいし」

 日高が水を一口飲んで微笑った。

「………」

 はるは日高の横に座って、日高の横顔を見つめた。

 きれいな横顔だった。

(ううん)

 はるは心の中で否定した。

 何もかも。

 何もかも、美しかった。

 日高は、全部、美しかった。

 この先、この人とこんな毎日を、送っていくのだろうか。

 こんな、夢みたいな毎日……。

 その時。

 日高と目が合った。

「夢じゃないよ」

 日高が言った。

「えっ」

「夢じゃない。それに、もっともっと幸せになれるの。もし、はるが本当に家元になりたいんだったら、私がいつか必ず雄鶴の舞を舞って、家元にさえしてあげる」

「日高……」

「だから、はるの本当の気持ち、聞かせて」

「私……。私、家元になりたい。だから、両親と離れてまで日本で暮らしてたの。時々青葉師範せんせいに見てもらってて……。祈るような気持ちで雄鶴の舞姫を待ってたの……。でも、自分ではどうしようもなかったから……」

「そっか」

 日高は、はるの肩を抱き寄せた。

「わかった」

 そして、はるの髪に唇を落とした。

「私が必ず、はるを家元にしてあげる」

「…うん」

「じゃ、もう少し寝ようか。体、冷たくなっちゃったね」

「うん。日高が温めて」

 はるが身体ごと、日高の胸にすり寄っていった。

 夜は。

 一月の夜は、二人に優しくて。

 穏やかに、ゆるやかに、過ぎていった。

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