第160話 初夜

「お風呂、空いたよ」

「う、う、うん」

 日高はいつも通りだった。

 長い髪をタオルで拭きながら、バスルームから出て来た。

 ソファに座って、テレビを観て。

(わ…、忘れてる…わけないよね)

 あまりにも普段と変わらない日高に、はるは動揺しつつバスルームに入った。

「………」

 バスルームの扉の閉まる音を聞いて、日高が立ち上がった。

 真新しい『K』のロゴの入ったバスローブを取り出すと、ベッドルームにある椅子の背もたれに、無造作にかけた。

「………」

 そして、そのままベッドに腰掛けて。

 ベッドに付いているライトに手を伸ばした。


 はるが、リビングに戻ると。

 部屋の照明が落とされていて、テレビも消えていた。

「………」

 立ち尽くしていたら。

「はる、こっち」

 ベッドルームから、日高の声がした。

「………」

 日高は、ベッドに横になってはるを待っていた。

「はるちゃん、おいで」

 いつも通り、両手を伸ばしてくれた。

「う、うん」

 いつもだったら。

『寒ーい。あっためてー』

 って言って。

 手や足を、日高の体にくっつけていくのだけれど。

 今日は。

 おずおずと、一度ベッドに腰掛けて。

 少しして、ゆっくり、日高の腕の中に入っていった。

「来たねー」

 そう言って。

 日高は、はるをギュッと抱きしめた。

 しばらく抱きしめていた日高が、

「もう、いいよね」

 静かに、息をついた。

「え?」

「もう、十分じゅうぶん、待ったから。もう、いいよね」

 そう言うと日高は、ゆっくり体を離してはるを仰向けに寝かせた。そして、自分は片肘をついてはるの上になった。

 ハラハラと、日高の髪がはるの両頬をかすめて落ちて来た。

「いつか言ったよね? はるが二十歳になったら、はるの心も体も声も欲しいって」

「……うん」

 はるも、日高を見つめて頷いた。

「いい?」

 日高の言葉に。

「うん……、でも、約束守ってくれたら」

 はるが日高を見つめたまま、言った。

「約束?」

 日高が首をかしげたときには。

 はるの両手が伸びて来て。

 日高の頰を包み込んでいた。

 そして、

「私もあげるから、私に……、日高の心も体も声も欲しいって」

 そう言って、はるから唇を寄せていった。

 やがて激しいキスの後。

 二人の唇が離れたとき。

「わかった。私もはるに、心も体も声もあげる」

 日高は頷いた。

 もう一度。

 日高は、はるの胸に手を伸ばしながら、ゆっくりとはるに唇を重ねていった。

 この夜。

 はると、日高は、三度。

 お互いの名を切ない声で呼んだ。

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