第158話 あなたと愛し合いたい

 帰りの車中。

「…手…。こんなになって……」

 はるは、傷だらけの日高の手にそっと触れた。

「大丈夫だよ。前はもっと…」

 言いかけて、日高はめた。

「もっと、ひどかったの?」

「………」

「……日高、ごめんね」

「はるは、関係ないよ」

「でも…」

「本当に大丈夫だから」

 そう言って日高は、はるを自分の方へ引き寄せた。



「わっ部屋寒ぅ」

 日高は、ソファに座ると同時にエアコンをつけた。

「本当だね。私、無理かも」

 はるはそう言うと、日高の横に慌てて座った。

「はるちゃん、もっとこっちおいで」

「……うん」

 ぴったり体を寄せたはるの膝と自分の膝の上に、日高がはんてんを掛けた。

「あったかい」

 はるが、日高に微笑わらいかけた。

 はんてんの下で、日高がはるの手を握った。

「ねえ、はるちゃん」

「何?」

「私、昔、はると離れて暮らしてた時あったでしょ」

「都心のマンション住んでたとき?」

「そう」

 日高は頷いた。

「あの時、心が本当に壊れたの。何も手につかないし、ご飯も食べられない。セリフも全然頭に入らなくて。人生で一番辛かった。もうダメだ、はるに謝って帰ろうと思ってたら、指輪まで無くして」

「………」

 はるは、日高を見つめた。

「でも、またはると一緒に暮らす事が出来てから、昔の事が…、心に重く残っていた何かが、少しずつ薄らいでいったの。はるを失う事に比べたら、何でもないようにすら、思えたの…」

 繋いでいた手を離して。

 日高は、ゆっくりと、はるを抱きしめた。

「私、もう大丈夫だから。だから…。はるが二十歳になったら、はるが欲しい。はると愛し合いたい。はると、ちゃんとした恋人同士になりたいの」

「日高…」

 はるは、日高とゆっくり離れると、日高の大きな瞳を見つめて言った。

「私も、ずっとそれを望んでた。私も、日高と愛し合いたい。日高のちゃんとした恋人になりたい」

「はる…」

 日高は、はるの頰に触れた。

 切れ長の、少し揺れたはるの瞳に、

(はる…。私の、はる……)

 愛しさが、こみ上げてきた。

 ゆっくり、唇を重ねていった。

 はるの舌先から感じる体温は、いつもより熱かった。

 こんなに寒い部屋の中で。

 そこだけが。

 燃えるように熱かった。

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