第157話 運命の人

「もー、結局また、マメ潰れちゃったじゃん」

 冬に指を治療してもらいながら、日高は今日子に口を尖らせた。

「ゴメン、ゴメン。でも、あれじゃあ、はるちゃん可哀想でしょ」

「そうだけど…」

「ま、あんたがキーパーソンなんだからさっ。こっからは日高の好きにしていいから」

「私の…?」

「そ。まだ、すぐに舞は修得出来ないでしょ。時間をかけて考えなよ。ちゃんと、はるちゃんの気持ちも聞いてさ。姉は強引だから。はるちゃんが本当に家元になりたいのか、もう一度聞いてあげなきゃ」

「……そっか」

「ま、これで私は姉に貸しが出来たから。これでK.YOSHIMURAの名前ロゴも堂々と使えるわ」

 今日子はそう言って、不敵な笑みを浮かべて。

 ゆっくりと、部屋を出て行った。

 そこへ。

 今日子と入れ替わるように。

 はるが姿を見せた。


「あ、はるちゃん。私、ちょっと関君と打ち合わせしてくるから、ここ座りなよ」

 冬が立ち上がった。

「……冬ちゃん、ありがとう」

「うん」

 冬も部屋を出て行くと。

 部屋には、日高とはるの二人きりになった。

 はるは、日高の前に座ると、おもむろに切りだした。

「日高が、如月流の師範だったなんて……全然知らなかった…」

「うん」

 日高は頷いた。

「青葉師範せんせいのお教室に通ってたの…?」

「そう」

「私も…。私も、少しの間、手ほどきを受けてたんだよ」

「知ってるよ」

 日高が、微笑った。

「えっ」

「幼い頃、はると私、会ってたの。あのお教室で……」

「日高と…、私が⁉︎」

「ずっと、私も忘れてたんだ」

「……ねえ、あの頃私が泣いてたら、歌を歌って慰めてくれたお姉さんがいたの。私、泣き虫だったから。もしかして……それって…」

「私かもね」

 日高が言った。

「はる、あの頃からすぐめそめそしてたから。一番小さかったしね」

「………」

 はるは。

 何か、見えない、何かを思い出そうとして。

 そしてその何かを、手繰たぐり寄せようとしていた。

「前に、日高が歌番組で歌ったとき、私がピアノの伴奏したよね。あの時、なぜか日高の歌声が懐かしく感じたの。ずっとずっと不思議だったんだ」

 日高は、微笑ったまま。

 優しく、はるを見つめていた。

「日高が……、日高が、あの時のお姉さんだったんだ…」

「めぐり合うべくしてめぐり合ったってことかもね。まあ、この日本中探しても雄鶴の舞を舞えるのは、私しかいないしね」

「……日高……」

 やっぱり。

 日高は、私の運命の人だったんだ。

 日高が……。

 私の。

 運命の人だった。

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