第156話 雄鶴の舞

 -僕の調べたところでは、如月流は、雄鶴と雌鶴の二人の舞姫によって舞われ、代々宗家嫡子には、確かに雌鶴の舞が伝授されている。けれど、もともとは求愛を表現した舞であり、雄鶴の舞の方が、ずっと難解でありこれを舞える舞い手がずっといなかった。それ故、数百年もの間家元を出せなかった、そう聞いています。雄鶴の舞い手は、見つかっているのですか?-

「………」

 ステージ上の祥子は。

 見るも無慙むざんなほどに蒼白になった。

 はるは、何も言葉も発しない祥子の横で、ただ俯いているしかなかった。

 -雄鶴の舞姫がいなければ、家元にはなれないはずだ!-

 記者の言葉に。

 祥子は返答こたえる事が出来なかった。

 会場は、騒然となった。

 やがて、記者たちの野次と罵声が交じり合って何も聞き取れないほどになった。

 その時。

「雄鶴の舞姫ならいます」

 マイクを取ってそう言い放ったのは。

 今日子だった。


 一瞬会場が静まったとき。

 -どこにいるのですか-

 ある記者が問いかけた。

「では」

 今日子が頷き、合図をした。

 そして、姿を見せたのは。

 日高だった。

『あっ』

 祥子とはるは、息をのんだ。

 どよめきの中で。

 鮮やかな衣装に身を包んだ日高はステージの中央に進み出ると、如月流の特徴の一つ、扇を扇で撥ね上げ、まるで二羽の鳥が大空へ飛び立つような舞を舞い、一度も落とす事なく二つの扇をあやつり続け、華麗に舞った。

 人々は、その舞姫の美しさに釘付けとなった。

「は、はるちゃん」

 祥子が、はるに囁いた。

「間違いありません。如月の……舞の一節ひとふしです」

 はるは頷いた。

 美しい舞の終わりとともに。

 二つの扇が、日高の手のひらに戻った。


 日高が、一礼したとき。

 喚声と拍手で、その後の今日子の言葉がかき消されるほどだった。

「雄鶴の舞を舞う事が出来る人は、この如月流師範、如月日高しかおりません。ただ、まだ難解な箇所も多く……」

 今日子の話が続くなか、日高は、はるの方へ視線を移した。

(はる)

 優しく微笑わらった。

 はるも、日高を見つめていた。

(日高…)


 やがて。

 一礼ののち、日高は舞台を下りた。

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