第155話 家元

「いやー、良かったよ!」

 北川は、控え室で日高と冬を一人ずつ抱きしめた。

「さすが日高と冬だね! お客さん、立ちっぱなしで拍手しばらく鳴り止まなかったよ!」

 日高と冬も、笑顔で抱き合った。

 タオルを関君からもらって、二人はソファに座り、冬はモニターを見上げた。

「あ、サキさんだ。この人だよね、はるちゃんの憧れの人」

 冬が言った。

「そう」

 日高は汗を拭きながら小さく頷いた。

「ねー、はるちゃん大丈夫?」

「え?」

「放心状態だけど」

「サキさんに見とれてるんじゃないの」

 日高は、モニターを見ずにそう言った。

「いや、さっきのうちらのお芝居じゃないかな? 一点見つめたまま、動かないよ」

「………」

 日高も、やっとモニターを見た。

「本当だ…」

 そこには。

 抜け殻のようになった、はるの姿があった。

「あ、HALちゃん? 途中からずっとああなのよ。魅了してなんぼの世界なんだけど、今回、近すぎちゃったから、あんたたちにあたったのかもね」

 北川はそう言って、肩をすくめて笑った。

「………」

 日高は、無言のまま、しばらくモニターを見つめていた。


 やがて、サキのステージも終わると、いよいよ質疑応答となった。

 と。

「日高、ちょっと」

 北川が、日高を手招いた。

「………」



「今日、お集まり頂いたのは、私の社長就任と、今一つ、日本の宝である、ある家元の、襲名……いえ、御家再興と言ってもいいかもしれません。長らく家元を出せなかった、伝説の名流、如月流家元をみなさんにご披露したかったのです」

「えっ」

 祥子の言葉に、はるはやっと現実うつつにかえった。

(今…何て……)

-あの数百年、家元を出せなかったあの如月流ですか-

 記者の問いに。

「はい。この、YOSHIMURAの専属モデルのHALは、如月流宗家の血を受け継ぐ嫡流の出身であり、

 この度、如月流宗家、如月春花として二十一世を襲名致すことを、ここに宣言致します」

 祥子の言葉に。

 会場には、どよめきと、拍手と。

 そして、おびただしいフラッシュの雨となった。

「しょ…祥子さん」

 慌てて、はるは祥子に声をかけたが、

「大丈夫」

 小さくそう呟いて。

 祥子は、取り合わなかった。

-では、YOSHIMURAと、如月流宗家と、再び衣装などで提携していくということですか-

「はい。もともと、吉村は如月宗家の着物を作るところより始まった家です。数百年、家元が現れてくれることを悲願としてきました」

-とある舞を舞えることが、家元の条件と聞いたことがありますが-

「はい。二十一世宗家、如月春花さんは、その舞を舞う事が出来ます」

 大きく祥子は頷いた。

 が、その時だった。

-それは、ちょっと違うんじゃないですか-

 立ち上がった記者がいた。

 それは。

 日高の謝罪記者会見のとき。

 最後に、日高にあの質問を投げかけた、例の、あの記者だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る