第153話 晴れ舞台(一)

 -Zホテル-


 祥子の横に、専属モデルとして、はるが並んで座り、記者会見が始まった。それは、あたかも祥子の社長就任と、HALの副社長就任を披露しているようで、

「………」

 日高は、大きなモニターを見上げながら、イライラしたように、腕を組んだ先の指をせわしく動かし続けていた。

「…以上が、私からの挨拶の言葉と致します。この後の観劇と歌のステージの後、質疑応答に移ります」

 祥子は、そう言って一礼した。


 -大丈夫?-

 舞台の下の北川が、日高に目で合図をした。

 ソデから、日高は大きく頷いた。

 大きく作られたステージでは、祥子とはるは、少し横に移動したものの、そのままステージ上で日高の主演の新作【シャルロット】を観劇することとなった。


 暗転の後、始まったシャルロットの劇は、老舗しにせホテル〈高倉屋たかくらや〉の住み込みをしている、シャルロットの朝から晩まで働き続ける姿から始まった。案の定、日本語のわからないシャルロッ日高トは、おろおろしたり、失敗したりして、その度に先輩や同僚から厳しい叱責を受けていた。

(…あっ…)

 冒頭からはるは、いたたまれなくなって、時々心が浮き、激しく動揺した。

(こ、これはお芝居、お芝居なんだ)

 両手を胸に持ってゆき、自分を落ち着かせるのに必死になっていた。それほど、間近で観た日高のシャルロットの演技は、凄味があって、平静でいられなかった。

 やがて、夕食時のシーンになった。

 このとき、小さな膳が運ばれて来て、シャルロットの前に置かれた。

「早く食べちゃいな」

 主任役の大木村おおぎむらが言った。

 シャルロットは、ゆっくり箸を手に取った。

 -ポロッ-

 箸を手にしたものの、上手く御飯を箸でつかめず、ほとんどシャルロットは口に運ぶことが出来なかった。

 それを見ていた仲間たちは、あざけるように声をたてて笑った。

 何度も、何度も、シャルロットは箸を動かした。

 それでもほとんどシャルロットは食べることが出来ない。そのうち、イライラしたように、

「早く食べろって。もう少ししたら、片付けるからね!」

 大木村が言った。

「………」

 懇願するように、シャルロットが大木村を見上げた。言葉に出来ない、その分の思いを、全て瞳にのせて。

 すると、

「何⁉︎ その表情かおは!」

 大木村が、シャルロットを怒鳴りつけると、

「食べないなら下げるから!」

 膳を持ち上げ、下げようとした。

(何で! 何で! 何でそんなことするの!)

 ステージ上のはるは。

 這って行って、シャルロットを抱きしめて。声を上げて泣いてしまいそうな自分を、抑えるのに必死だった。

 そのとき。

「何をしているの」

 一人の青年が、声をかけた。

 冬斗役の。

 冬だった。

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