第152話 冬と日高と恋と(キス)

「てっ」

 -てめえら、さっきから黙って聞いてりゃフザけたことばっかり言いやがって! てめえらみたいなクソ人間が私のはるの名前を口にするんじゃねえ‼︎-

 って。

 もしも。

 冬がそのくちを。

 日高の唇を、冬の唇で塞がなかったならば。

 日高は、きっとそう叫んでいた。

「…んん……」

 冬は。

 自らのくちびるで。

 親友で。

 愛しくて。

 大切で。

 でも絶対にそれを言いたくないと決めている、日高の。

 唇を塞いでいた。

「……ぐ…」

 日高は、怒りと興奮と驚きと、でも何が起きているのかわからないといった表情を次々と見せて、を見開いていた。

「じゃ、どーもー」

 彼らは。

 何事もなく、何事にも気づかず、出て行った。

「………」

「………」

 冬は。

 やっと、日高から離れた。

「バカ日高」

 冬が微笑わらって、言った。

 それは。

 冬の最大級の、演技だった。


「だっ、大丈夫ですか」

 その後、駆け寄って来た関君が、慰撫するように日高の背に手をあてた。

 日高は、まだ怒りで震えていたけれど。

「………」

 冬は、

「バカ日高。今度やったら、あんたの女優生命も、事務所も終わるんだよ」

 座り直して、日高の顔を覗き込んだ。

「ま、どっちみちこの後リハでもキスするから、一回くらい増えてもいいっしょ」

「……うん」

「うちらは、女優だ、モデルだって言ったって、道化師みたいなもんなんだから。あんなんで一喜一憂したってしょうがないんだよ」

 冬も、日高の背を撫でた。

「だってあいつら、はるのこと…」

「いいの、いいの。右から左。ねっ」

「………」

 日高は、冬の方を向いた。

「ちょっと……胸かして……」

 うめくように言った。

「はるの……はるの前ではもう泣かないようにしてるから……」

「いいよ。泣いちゃいなよ」

 冬は、日高を抱きしめて。

 関君を見て頷いた。

 -ハイ-

 と、言う風に関君も頷いて。

 ドアの戸口に立った。

 日高は。

 冬の胸で声をあげて泣いた。

 冬は。

 日高の親友に。

 誇りと喜びを持って戻っていった。

 そして、それは戸口に立つ関君も同じで。

 誇りと喜びを胸に。

 マネージャーへと戻っていった。

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