第151話 冬と日高と恋と(怒り)

「後で台本渡すね」

 ベッドシーンのリハーサル前、冬が日高に言った。

「うん」

 日高は頷いた。

「…にしても、押してるのかね。何だろ。始まらないね」

 日高が仰向けになった。

「まだ、音声おとないから話せるね」

 肘を立てて、冬が横向きになった。

「だね」

 二人は、共通点が多かった。はるのこと、事務所のこと、仕事のこと。二十分くらい語り合った。

「まるで、寝物語みたい」

 ふと、冬が言った。

「昔の貴族の。ことが終わったあと、様々なことを話すでしょ」

「寝物語かあ……」

 日高が呟いた。

(…はるちゃんのこと、考えてるんだろうなぁ)

 少し露を含んだように、潤んだ瞳の奥には明らかにはるがいた。

 ちょっとだけ。

 嫉妬心が疼いた。

 でも、何事も起きなければ、そう、何も起きないはずだった。


「いやー、昨日久しぶりに本屋行ったらさー、振り袖姿のHALの等身大のパネルがあって、ダメもとで『下さい』って言ったらくれたんだよねー」

 スタッフの一人が、そんな事を言いながら入って来た。

「えっマジで? 俺も前はあんまり好みじゃなかったけど、最近のHALは好きかもなー。男いんのかなー」

「いるだろ? 奥プロ、恋愛にあんまうるさく言わないみたいだし」

 彼らは、日高と冬に全く気づいてないようだった。

「だよな。草馬……、あれと同棲してるらしいよ。関係者の話…、みたいの読んだ事ある。一緒に暮らしてるの見せつけたくて、おにぎり作って持って来てたらしいぜ」

「まじかー。俺もHALの握ったの食ってみてぇー」

 冬が、日高を隠すように蒲団ふとんを上げて、日高の上になった。

 でも、その時には、日高はもう顔面蒼白になっていた。

(わっ、やば)

「日高、我慢して。ねっお願い」

 耳元で、冬が囁いた。

「前、セーター着たの何かで見たけど、胸の形きれいだよな。顔はさんでくんねーかな。パフパフって」

「顔だけ? 俺はさー」

 その間に、二人のスタッフの会話も、HALへの卑猥な話へとますますエスカレートしていった。

「…わ、私のことなら……我慢…我慢出来るけど……」

 怒りでぶるぶる震える日高に、

「わっバカ、日高、ダメだって! あんた、台本叩きつけた前科あんだからっ」

「…でも…だって、あいつら…」

 その時、スタッフ二人も、ようやく冬たちに気づいたようだった。

「あー、どーもー」

「いらしたんですねー」

 でも、悪びれる様子もなく作業を続ける姿に、日高の堪忍袋の緒が切れた。

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