第147話 初代シャルロット

 本当に。

 ソファで横になって。

 座ってるはるの足の上に、自分の足をからめながら。

 床に置きっぱなしのバッグからのぞいた招待状を、手を伸ばして取るふりをした。

「あー、届かないや。はるちゃん取って」

「これ? あっ祥子さんの?」

 はるが、ひょいとつまみ上げた。

「ねー、はる、それ何?」

「祥子さん、社長に正式に就任したことを内外に披露するんだって」

「ふーん。まだ、してなかったの」

「どうする?」

「行かない」

 日高は、ソファの背もたれのある方へ体を向けた。

「何で?」

 はるが起き上がってきて、上から日高の横を向けた体に乗るように覗き込んできた。

「やきもちで焦げるから」

「焦げるんだー」

「どうせ、専属モデルだ何だって言って、はるを副社長っぽい席に座らせるんだよ。わかるもん」

(婚約記者会見みたいにさ)

 もう、やきもちを焼きはじめた日高に。

「いいじゃーん。サキさんもお祝いで歌、歌ってくれるんだよー」

 胸をわざと押し当てるようにして、背中にはるがまわって、ひっついて来た。

「絶対、行かない!」



 -奥プロ事務所-


「えー、何でー! 行かないって言ったじゃん」

 日高は、ソファの背もたれにしがみついて、足だけ地団駄踏んで抗議した。

「しょうがないだろ。正式にシャルロットのオファー来たんだから。初代シャルロットを主役にしたのを、北川先生が書き直してくれたんだ。当日も、演出で入るってよ」

「日高ちゃん、お仕事だからさ」

 太一も、なだめるように、そう声をかけた。

「えー!」

 さらに地団駄を踏んでいたら。


「ただいまー」

 はるが、戻って来た。

「あ、日高、いたのー」

「……はる」

 はるが横に座ると、急に日高は静かになって。

 背もたれから手を離すと、ゆっくりソファに座り直した。

 その様子に、社長は笑いながら、

「じゃ、受けとくからな」

 そう言って。

「あ、シャルロット? やってくれるの⁉︎」

 キラキラしたで、はるが言った。

「……うん」

 小さく日高はコクリと頷いた。

「ありがとー」

 はるが、日高を抱きしめた。

「はるは、猛獣使いになれるな」

 社長は。

 湯のみのお茶を、美味そうに飲んだ。



 -YOSHIMURA本社-


「もう、時間がない。本社ここを守るには、次の社長就任で、はるちゃんだけでも表舞台に引きずり上げなきゃ」

「しかし、社長。危険すぎませんか。我々もまだ、何も知らないことが多いですし……」

 黒沢の言葉を、

「いいのよ。少なくともはるちゃんは正統な如月の嫡流の家元の血を引いている。これだけでも、YOSHIMURAにとってはプラスになるはずよ。ずっと探してた古文書の舞姫がはるちゃんだったなんて、これ以上の奇跡ってないわ」

 祥子は、黒沢の言葉を退しりぞけて言い切った。

 A.YOSHIMURAの業績が、今や祥子の業績それを凌ぐほどになってくると、祥子は日頃の慎重で冷静な判断に欠ける事が多くなってきた。

 同時に、あれだけ頼って来た黒沢の意見や諌めにも、耳を貸そうとしなかった。

「大丈夫。私に任せて」

 祥子はそう言って。

 小さく手を振った。

 一礼して。

 黒沢は社長室を退室した。

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