最終章

第146話 招待状

(やっぱり…このマンションかなぁー)

 カーテンの隙間からのぞく夕陽の輝きと、ソファで昼寝うたたねをしているはるを交互に見つめて。

 来るべきときの、はるとの一夜のあれこれを。

 日高は、一人考えていた。

 はるの、最近また少しふっくらしてきた頰が、何とも言えず可愛らしくて。

 眠っているはるの横に、静かに座った。

 ふと。

 はると再会した頃のことを思い出した。

(あの頃……。はるのことをベランダから見つめるだけが精一杯だった)

 そもそも、全然好きじゃない男と結婚させられそうになってたし。

 それを。

 はると、連ちゃん、めいちゃんが、全力で救い出してくれたんだ。

 他にも、たくさん、手を差し伸べてくれた人たちもいる。

 何て。

 幸せなんだろう。

 そっと。

 はるの髪に触れてみた。

 柔らかくて、ふんわりしていた。

 そのとき。

 はるが目を覚ました。

「あれっ、日高帰ってたの?」

「うん」

 頷いて。

「ねー、はる。今度のはるの誕生日、無理言ってオフにしてもらっちゃった。だから、一日ずっとはると一緒に過ごせるよ」

「えっ本当に?」

 はるは起き上がった。

「朝も昼も夜も、ずっと一緒に過ごせるね」

 日高が微笑わらった。

「……うん」

 はるは頷くと、恥ずかしそうに下を向いた。

「あっ、想像しちゃった? 大丈夫、想像以上のこと、してあげるから」

 日高は、片膝をソファにのせて、はるを横抱きにした。

 茹でダコみたいになったはるの頰に、日高が唇を押しあてて。

 少し高い声で。

 彼女は笑った。

「やっぱ、はるは可愛いねー!」



 -スナックタツコ-


「っていうワケだから、しばらく舞わないから。見て、ママ、これ」

 日高は、タツコに両手の指を見せた。

「まー、マメだらけじゃない。爪も欠けてるし。どうしたのよ、これ」

「この人、容赦ないの」

 北川の方を、顎でしゃくった。

 唯一、雄鶴の舞を教えられる青葉師範の元へ、スケジュールの合間をぬって、日高は通いつづけていた。

「ふん」

 北川は、焼酎をぐびっと飲み、

「あーつまんない。日高が、HALちゃんとくっつくの」

 イライラしたようにそう言った。

「意外と本当ガチなのよ」

 タツコが笑った。

「姉妹でカップルのそれぞれを好きになるなんて、面白いじゃないの」

「あ、だね」

 日高も頷いた。

「次の舞台でやればいいじゃん」

「ま、私の愛情のかけ方は、それくらいよね。結局、姉と一緒。ビジネスパートナーってとこが関の山よ」

 日高は、ワインを手酌で傾けながら、

「いいじゃん、それ。別れ話もないしさ」

 って、おかしそうに笑った。

「姉とは、昔からケンカばっかりだったけど、姉妹なのねー、やっぱり。恋愛はうまくいかないの。結局、仕事が私を愛してくれるだけ」

「いいことじゃないの、仕事が愛してくれるなら。うちなんて、こんな客しか来ないわよ」

 タツコが言った。

「あ、先生、ひどいこと言ってるよー」

「言った、言った。うちら来なきゃ潰れるのにね、こんな場末のスナック」

「あら、ひど〜い。先生のボトル、飲んじゃうんだから」

 タツコは、一番高い、キープのボトルを掴んで。

 わいわい言っていたけれど。

 帰り際。

「あ、そうだ。これ、姉から」

 北川は一枚の招待状を差し出した。

「何これ?」

「ま、家帰ってからゆっくりHALちゃんに聞いてみなよ。イチャつきながらさ」

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