第145話 はるちゃんごめんね

 その夜。

 かなり遅い時間ではあったけれど。

 日高は、はるの部屋に帰宅した。

 バスルームに直行して。

 零時も回る頃、ベッドルームに入って来た。

 いつも、ベッドを上から見て、右側に日高が眠るのだけれど。

 はるを起こさないように。

 静かに、日高はベッドに体を滑り込ませた。

 その、日高に。

「お帰り」

 はるが、体をすり寄せていった。

「何⁉︎ 起きてたの?」

「起きてたよ」

 日高の胸の中で、息を吹きつけるように、はるが言った。

「心も体も冷たくなっちゃった。だからずっと、日高を待ってたの」

「………」

「温めて欲しいの。心も、体も。日高が温めてくれなかったら、寒くて眠れないの」

 その言葉に。

 ベッドに付いている、小さなライトに日高は手を伸ばした。

 灯影ほかげにうつる、はるの顔を、しばらく見つめていた。

 やられた。

 冬の策略だって。

 さすがに今回は分かった。

 でも。

 気づいたら、はるを抱きしめていた。

 ライトを消したら。

 たぶん、レナを想って、はるにキスをしていただろう。

 でも。

 ライトを消さなかった。

「はる、ごめんね」

 そう言って。

 少し短めになってしまった、はるのショートをいたわるように撫ぜながら。

 はるの唇を探って、押し開けた。

 もう、何年も。

 私は、この人とキスをしている。

 きれいで。

 愛しくて。

 懐かしくて。

(はるを泣かせちゃダメだったんだ)

 何してんだろ、私。

 キスをしていたら。

 はるの手が、伸びてきて。

 日高の腰の下に腕をねじ入れて、自分に横抱きに引き寄せた。

 そして。

 一瞬、唇が離れたとき。

日高ひだかぁ…」

 甘えるように、日高の名を呼んで。

 そして。

 日高の首すじに、唇を押しあてた。

「あっ」

 身をよじって、日高が声を上げた。

「やっぱり、弱いんだ」

 はるが言った。

「…三分の一のやきもち?」

「だね」

 はるは、とびきりの笑顔になった。

 やっぱり。

 この人には、かなわない。

「はるちゃん、ごめんね」

 もう一度、今度は自分から手を伸ばし、はるを引き寄せて抱きしめた。

(はるちゃん、ごめんね)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る