第144話 プロ意識

「ねえ、ねえ。日高にいろいろ聞く前にさ、はるちゃんに聞きたいんだけどさ」

 冬は、はるを見て微笑わらいかけた。

「はるちゃんは、日高のことが好きなんだよね」

「………うん」

 はるは頷いた。

「でさ、日高が、演じている時に誰かに気持ちが向いてるのが、辛いんだよね?」

「……うん」

 もう一度、はるは頷いた。

「でもさ、はるちゃんもお芝居するとき、誰かの事を好きになって、心ごと演じたりしちゃうよね」

「…うん」

「日高もさ、昔それがすごく嫌だったって言ってたけど、今は三分の一くらいのやきもちでセーブしてくれているよね」

「うん」

 はるは、冬を見た。

「こうして女優とかやってると、どうしてもぶち当たる問題なんだと思うの。はるちゃんも、私も、日高も」

「冬ちゃんも?」

「そうだよ」

 冬も首を縦に振った。

「私は日高とはるちゃんの間くらいかな。相手を好きになれたらラッキーくらいに思ってる。私が見たところ、日高がこういうのに落ちちゃったのが初めてみたいだから、舞い上がってコントロール出来なくなってるんだよ。ね、日高」

「……まあ」

 小さく日高が頷いた。

「で、今度は日高に聞きたいんだけどさ。この世で誰が一番好きなの?」

「はる」

 日高は即答した。

「じゃあ、誰が一番大切なの?」

「それもはる」

 その言葉にはるは、驚いたように、日高を少し見て、またすぐ俯いた。

 冬は、その様子に、ちょっと笑った。

「ね。お互いに一番好きで大切なのは変わらないの。でも、今回私は、日高が少し悪いと思うよ」

「どうして?」

 日高が冬を見た。

「だって、家にまで気持ちを持ち込んでるじゃん。相手の演者さんを好きになってもいいけど、現場を一歩出たら、そこで切り替えなきゃ。少なくとも玄関まで持って来たらアウトだよ」

「………」

「だからさ。お芝居の中で気持ちも入っちゃってキスしたりするのもアリだけど、それを家にまで持ち込んで余韻よいんに浸るのはやめようよ。だったら普通に浮気の部類に近くなっちゃうじゃん。うちら、プロなんだから。違う?」

「違わない」

 日高も素直に頷いた。

「ね。だから、気持ちは気持ちで、置いて来ようよ。ねっ」

 冬は日高を見つめて、微笑わらいかけた。

「…うん。わかった」

 日高も、頷いた。

 すると、

「良かった。冬ちゃん、ありがとう。後は僕からも少し話すから」

 太一が、冬と日高の前に立った。

「……冬、ありがと」

 立ち上がり様、日高はそう言って。

 太一の後について、仕事へ向かった。

 日高の足音が遠ざかると。

「さて。はるちゃん」

 冬が、はるに向き直った。

「また、作戦考えついちゃった」

 冬は。

 とびきりの笑顔を、はるに向けた。

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