第143話 救世主

 -奥プロ事務所-


 ソファに仰向けになって。

 日高はクッションをいじりながら、社長の話を聞いていた。

「まー、じゃあ、日高は、とりあえずはるが一番大切なんだな」

「さっきからそう言ってるじゃん」

 社長も、太一も。

 日高がイライラするくらい、延々とあることを確認してきた。

 -誰が一番大切なのか-

 って。

(そんなの、はるに決まってるじゃん)

 なのに。

 何でこんな大騒ぎになるワケ。

「あのさー、確かに私が演技に気持ち持ってくのは珍しいかもしれないけど、はるだってそういうのやってるじゃん。何で私だけ責められんの?」

 日高は社長を見た。

「いやー、お前の場合はさ、迫力とか気迫が凄まじいからさー。俺も観たけどすっごいじゃん、何か」

「むしろ褒めてよ、なら。はるが同じことしたら、褒めない?」

「んー、まあな」

「でしょ。思春期でこんなんされたらグレてるよ、私」

 日高の言葉に、太一が頷いた。

「まあ、そうだよねー、確かに。演者さんに恋して、気持ちの乗った凄い演技をしているっていう話だもんね」

「そうだよ。初回いくつ?」

「25%」

「でしょ。褒めてよ」

「参ったなー」

 社長が頭を掻いた。

 そのとき。

「ただいまー」

 はるが帰って来た。


 日高は無言で起き上がった。

 そして。

 クッションを、自分の横に、はるとの境界のように置いた。

「………」

「………」

 二人は、目も合わさないまま。

 はるも、日高の横に座ったけれど、今日の仕事の報告を社長と太一にするだけで。

 でも、その時だった。

 ドアの外で、何やら関君が誰かと話す声が聞こえて。

「こんにちはー」

 関君と入って来たのは。

 冬だった。

(あっ)

 日高とはるは、咄嗟に社長を見た。

「奥プロの救世主、呼んじゃった」

 おどける社長を、二人が睨んだ。

「うわっ、怖っ」

 そう言って。

「冬、頼む」

 社長は、デスクに戻っていった。

 冬は。

「どーもー」

 って、笑って。

 日高とはるの間に入っていって。

 ちょこんと座った。

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