第142話 出会った頃の気持ちを思い出して

 -高校時代-


 体育館のステージに腰かけて。

「何か、いまいちうまく出来ないんだよなー」

 足をぶらぶらさせながら、はるは台本を読んでいた。

 やがて、人が来る気配に、目を上げた。

(あっ)

 日高先輩!

「お、お疲れ様です」

 慌ててステージから降りて、ぺこりと頭を下げた。

 はるの目の前に居たのは、三年で演劇部の部長、花村日高だった。

「あれ? はるちゃん一人?」

「あ、ハイ。二年生は社会科学習で今日はお休みです。一年は、うちのクラスは美術だったんで、課題を終えた人から、部活に行く感じで…」

「ふーん」

(……ひ、日高先輩と二人きりなんて、嬉しいけど、どうしていいかわかんないっ)

 テンパってるはるに、

「見してみ」

 日高が手を出した。

「台本。今回、役、もらったんでしょ。一年だけで演じるやつ」

「は、はい」

「難しい?」

 台本を受け取りながら、日高が首をかしげた。

「……はい。どうしても、うまく出来なくて…」

 正直にはるが言うと、

「ああ、これ。私も一年の時、かおるの役だったよ」

 日高が微笑わらった。

(うーわっ、ちょーきれー! 超カワイイ!)

 はるが思わず見とれていると。

「ここ、座りなよ」

 日高はステージに座って、自分の横を手で叩いた。

「あ、ハ、ハイ」

 はるもステージに上がって、日高の横に座った。

「これはね、一見わかりづらいんだけど、けっこう深い意味があるの。とりあえず一回読んでみて」

「はい」

 頷いて。

「〈もう一度、出会った頃の気持ちを思い出して。失ってから気づいても、時間も愛も、戻らないんだよ。でも、今ならまだ間に合うから〉」

 はるが、演じながら読み上げると。

「うん」

 日高は、優しく頷いて。

「じゃあ、次は、自分の心に問いかけるように言ってみて」

「自分の心にですか?」

「そう。これはね、目の前の友人に言ってるんだけど、香自身が自分に言ってるセリフでもあるの。恋人とケンカして、で、ケンカ別れしちゃってて。でも勢いで口にしただけで、香自身、ずっと誰かに言ってもらいたかったセリフなんだ」

「そう…だったんですか」

 はるは頷いた。

 日高のアドバイス通りに、香になって、自分の心に問いかけるように言った。

「………」

 最後の方は。

 胸につかえて、言葉にならないほどだった。

「ねっ。全然違うでしょ」

 日高が目を細めて微笑った。

「は…、はい」

「頑張ってね」

「ハイ!」

 はるは、笑顔で頷いた。



「………」

「………」

 夢は。

 そこで終わった。

 はると、日高は。

 不思議と。

 二人が、高校生だったころの夢を見ていた。

 夢の中の。

 高校生だった頃の自分たちが、大人になった自分たちに、語りかけてきた。

 -もう一度、出会った頃の気持ちを思い出して-

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