第141話 あのころの二人

 しでかしちゃった。

 私、完全に。



 -花村鉄工所-


 連ちゃんの肩に顔をうずめて。

 さめざめと、はるが泣いていた。

「ねー、まだ何も確認してないんでしょ」

 めいが言った。

「そうだよ。恋の吸引力はハンパないけどさ。やっぱり愛には勝てないんだよ」

「いつ、勝つのー?」

 目だけ上げて二人を見て、またすぐ、はるは再び突っ伏した。

「ねー、めい。はる、普通にきれいだよね、今」

「うん。たぶん、きれいだと思うよ。内田レナより、私は好きかもね」

「だよね。性格だって悪くないしね」

「私の目の前で品定めしないでー」



 その帰り。

(あっ)

 エレベーターのドアが開いた時だった。

 日高が丁度、隣の三〇二号室に帰るところに出くわした。

「………」

 明らかに日高は、はるに気づいたようだった。

 でも。

「………」

 すぐに部屋に入って、ドアを閉めてしまった。

(うーわっ……)

 無視された。

 いや、ちょっとだけ、目礼したようにも見えた。

 でも、恋人に目礼って…。

(もう、日高の中では隣人の後輩なのかもしれない……)

 そう思ったら。

 体の奥の方から、悲しみが押し寄せて来て、はるも部屋に駆け込むや、ソファに伏せて声を殺して泣き崩れた。




(はる、泣いてる)

 はるの声は聞こえなかったけれど。

 それは、わかった。

 日高は、窓ぎわに目をやった。

 そこには、一枚の写真が飾られていた。

 セーラー服姿の自分と、はるが笑っていた。

 前に、はるとの思い出の品の、ほとんどが無いのを知って、連ちゃんが引き伸ばしてくれたものだった。

 いつ撮ってもらったかは記憶にないけれど、たぶん文化祭の前だったような気がする。

 自分が高三で、はるは高一だった。

(大切に思ってるよ、今でも)

 何でこんなことになっちゃったんだろう。

 そう思う気持ちもあった。

 でも、私は女優なんだから、はるには理解してほしいという気持ちもあった。

(笑ってる)

 写真の中の二人は。

 楽しそうに、

 幸せそうに。

 笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る