第140話 恋心

 -花村鉄工所-


「えー、まさかぁ」

 連ちゃんは、紙やすりをかける手を止めもしないで笑った。

「ないないないないない」

 めいも、笑った。

 だけど。

 日高の姉の貴子だけは。

 作業する手を止めた。

「ねえ、貴子さんなら、わかりますよね」

「………」

 貴子は、力なく俯いた。

 -あれっ?-

 貴子のただならぬ様子に、聞いたはるが驚いた。

 そして、連ちゃんとめいも、顔を見合わせた。

「…はるちゃん、ごめんね」

 いつも多くを語る貴子は。

 この一言だけ、ポツリと呟いた。



「ただいまー」

「おかえり」

 日高は、いつも通りソファに直行して、ソファに座るやいなや、台本を開いた。

「ご飯は」

「食べて来たからいらない」

 日高は、台本に目を落として、はるを見ようともしなかった。

「何で台本読んでるの」

「えっ?」

 初めてはるに気づいたかのように、日高は、はるを見た。

「覚えているのに、何でまた読んでるの」

「………」

「前は、私との時間を大事にしたいから、家では読まないって言ってたじゃん」

「………」

 日高は、台本を閉じた。

「お風呂、入って来る」

 立ち上がった日高を、はるが制した。

「まだ、話終わってないから座って」

「………」

 はるの気迫に押されて、日高はもう一度ソファに腰を下ろした。

「何か最近、変だよね」

「…どこが?」

「全部。フワフワして、心ここにあらず、みたいなさ」

「………」

「ねえ」

 はるは、一呼吸置いて。

「好きな人でも出来たの?」

 直球を投げつけた。

「好きな人?」

「そう。内田レナちゃんとかね」

「………」

 日高は、はるをまじまじと見た。

「………」

「聞いてるの! 好きな人、いますかって。答えてほしいんだけど」

 日高は、眉をひそめて呟いた。

「めっちゃ怖い顔」

 それだけ言って、台本ではるをけるように立ち上がって、玄関に向かった。

「どこ行くの⁉︎」

「帰る。隣」

 そう言って。

 日高はもう、その日から。

 はるにも、はるの部屋にも、近づこうとはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る