第115話 冬

 -奥プロ事務所-


「ねー、お芝居の中で、相手を好きになるのって普通じゃないの?」

 はるが社長に言った。

「そんなの、おかしいよ。だったら、百回ラブシーンしたら、百人好きになるワケ?」

 日高が言うと、

「だって、私の場合そういう風にしなきゃ、演技出来ないもん。台本通りやってるだけじゃん」

尻軽しりがるはる」

「あー、すごいひどい事言ってるー」

「なあ、なあ。ここ、事務所なんだよ。痴話ゲンカなら、家帰ってやってくれよ」

 そこへ。

 冬が、やって来た。


 二人の間に、冬が座った。

「二人の喧嘩の理由はわかったけどさ、はるちゃんは、舞台の上だけなんでしょ、私の事好きなの」

「うん。演じてる時だけ」

「じゃ、今は誰が好きなの?」

「日高」

「だって!」

 冬が、日高の肩に手を置いた。

「だったら、良くない? 女優さんなんて多かれ少なかれ、そんなものだよ」

「………」

「そんな怖い顔しないでさあー。やきもち焼くの三分の一にする、ってこの間も約束してくれたじゃん」

「……それは、この間だけだから」

「じゃあさ、今日も約束して。はるちゃん何も悪い事してないじゃん。ねっ、お願い日高。やきもち焼くの、三分の一にして。はるちゃんの事、大切にしたいんでしょ。幸せにしたいんでしょ」

「……そうだけど」

「じゃあ、約束して。やきもち焼くの、三分の一にして」

「………」

「ね、日高」

 冬が、日高の顔を見つめた。

「…わかった。やきもち焼くの、三分の一にする」

「ありがとー、日高ぁ」

 抱きしめる冬に。

「ありがとー、冬ぅ」

 デスクから、社長が手を振った。


 翌日。


 -奥プロ事務所-


「社長ー、聞いてー」

「おー、はる。どした」

 デスクから社長が顔を上げた。

「日高がさあー、リビングにあるブタの貯金箱に『はる、昨日はごめんね』って謝ってたのぉー」

 -ププッ-

 太一が奥で笑った。

「ねー、ひどくない?」

「そっかぁ〜。日高、はると間違えちゃったのかなー」

「それもひどくなーい」

 はるが、ソファに倒れ込んで、頰を膨らませた。

 冬のおかげで。

 日高も少しずつ。

 三分の一のやきもちを。

 焼けるようになっていった。

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