第114話 疑惑

 -A劇場-


「ねえ、草馬! 何遠慮してるわけ! がばっといけよ、がばっと」

 北川が、長机から立ち上がって檄を飛ばした。

「は、はい」

「ったく」

 北川の横で、日高は腕組みをしたまま、草馬とはるのキスシーンを見つめていた。

「HALちゃんはいいのよねー。表情といい、動きといい」

「…はい」

 日高も頷いた。

 毎夜、日高のプライベートレッスンを積んでいるはるは、見違えるほど上達し、草馬との演技の差が歴然となってきていた。


 -休憩時間-


「ねえ、日高ちょっと」

 北川が、日高を手まねいた。

「台本、また手直ししたいの。シャルロットに当て馬がほしいんだけど、誰を上げたらいい?」

 北川の言葉に、

「冬ですね」

 日高は即答した。

「冬しかいません」

「そう。じゃ、ちょっと呼んで」


 冬は、その場で北川の手書きの台本をもらい、日高の指導を受けて、すぐにはるの前に立った。

 言葉セリフは三つだけ。

 -大丈夫?-

 -はい、これ-

 -もう行かなきゃ-

 でも。

 草馬の時の台本と明らかに違うのは。

 この冬に、シャルロットが心惹かれてゆく、と書き加えられていることだった。

「うん、いいじゃん」

 北川は大きく頷いた。

 プレッシャーから解放されたのか、草馬の動きも良くなってきて。

「いいね! 日高、これでいこ。さすが、日高だわ」

「……どうも」



 数日後。

「ねえ、はる」

 日高は、手直しされた台本を読んでいる、はるの横に座った。

「何?」

「あのさ、一つだけ聞きたいんだけど…」

「うん」

 はるは、日高の横顔を見た。

「あ、でも、やっぱいいや」

「え、何それ。言ってよ、気になるから」

 はるが、日高の腕を掴んで揺すった。

「草馬君の時と、冬の時と、全然表情が違うんだけど…。他の人にはわからないと思うけど……、冬と何かあったの?」

 -バサッ-

 はるの手から台本が滑り落ちた。

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