第111話 腰くだけ

(やられた)

 こういうのは。

 惚れた者負けなのだ。

 今日も。

 はるは、日高の顔を見つめ続けていた。

(すっかり忘れてた)

 この人は。

 抱きたい女優第一位の。花村日高だったんだ。


「はい」

 いつものように、日高の前に愛用の湯のみを置いた。

「ありがと、はるちゃん」

 日高が、はるを見上げた。

「う、うん」

「ここ、座りなよ」

「うん」

 はるは。

 すっかり初期設定に戻っていて。

 まごまごしながら、日高の横に座った。

 日高は、はるに、寄りかかるようにしてテレビを観ていた。

 クイズ番組で。

 答えなんか言っちゃって。

 でも。

 CMに入った時だった。

 ふいに、はるに手を伸ばして、抱きしめて来た。

「………」

 カチカチに固まったはるの耳元で、

「ねえ。はるちゃんにお願いがあるの」

 日高が囁いた。


 -奥プロ事務所-


「で、日高がさ、『私、はるちゃんみたいに上手く出来ないの。だから、はるちゃんにまた全部やってほしいの』って、甘〜く囁いちゃってさ。はる、頷いちゃったらしいんだよね。笑っちゃうだろ」

 社長が言った。

「あの日高ちゃんが、本気で言ったら、もうはるちゃん、無理ですよね」

「腰くだけみたいになったんだろ。どうしようもねえよな」

「いやー、僕もちょっとはるちゃんに申し訳ないとも思ったんですけどね。日高ちゃんには女優業に専念してもらわないと」

「まあなぁ。はるも、大変なのはわかるんだけどな。あ、でも、この話は続きがあってさ」

「何ですか?」

「『お芝居の事なら、いつでもどんな時でも教えてあげる。手取り足取りね』って言ったんだってさ。で、はるはK.Oだよ」

『ハハハハハ』

 二人は、声をたてて笑った。

 そこへ。

「ただいまー」

 日高が関君と帰って来た。

「何? 外まで笑い声してたよ」

 ソファに座って。

「いやあ、悪い女に、はるも引っかかっちゃったってさ」

「何それ」

 日高は、ちょっと苦笑して。

「いいの。私は私のやり方で、はるを大切にしてるから」

「ま、好きにしろよ。はるも、目がとろっとろになってまんざらでもなさそうだしな。俺らが口出しする問題でもないし」

「そーゆーこと」

 日高はそう言って。

「あ、ねー、北川先生に聞いたんだけど。もう一回、やるの?追加公演」

「あ、その話なんだけど…」

 社長は真顔で、日高に向き合った。

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