第106話 嘘

「………」

 起き上がって。

 日高は時計を見た。

 -四時-

 隣では、はるが、スヤスヤと眠っていた。

 少し伸びた髪が、少女というより、女性らしい美しさに変化して、日高の心の何かを、確実にとらえて放さなかった。

 と、同時に。

 どんどん大人になってゆくはるに、恐怖おそれすら感じて、日高は、不眠に悩まされるようになっていた。



 二人で、朝食の後のコーヒーを飲んでいる時だった。

「はるちゃんさ、今日から私、隣に帰って寝るね」

「えっ、どうして?」

 はるが目を上げた。

「うん、ちょっと台本、今回難しくて寝る前に読みたいの」

「………」

 はるは、じっと日高を見つめた。

「わかった。寝る時だけだよね」

「うん」

 日高は。

 はるの目を見て。

 頷いた。


 -奥プロ事務所-


「嘘、ついてる」

 はるが言った。

「何だよー。またもめてんのー?」

 社長は、デスクから顔だけ上げた。

「日高、嘘つくとき、瞬きが多くなるの。自分では気づいてないけど」

「わかりやすいんだ」

 太一が、はるの分のコーヒーを置いた。

「夜、自分の部屋で寝たいって」

「はる、寝相悪いんじゃないのかぁ?」

 社長の言葉に。

「悪くないもん。それに、ベッド、めちゃめちゃ大きいし」

 はるが言った。

「まー、でも、日高は女優さんだし、いろいろ神経使う事も多いしさ、夜ゆっくり一人で寝たいって思っただけなんじゃないの」

「そうだよ。新ドラマの『お城様じょうさま』って役ね、多くの人にかしずかれて、ドラマの中で、常に日高ちゃんのまわりに共演者さんがいるんだよ。もしかしたら、そういうのもあるんじゃないのかな」

 太一が言った。

「ああ、そうだな。かもしれないな。唯一救いは、秘書役に冬が入ってんだよ。今、冬も女優として頑張ってるし、人間的な器量があるからなァ。もし心配なら、冬に聞いてみろよ」

「そっか、冬ちゃんか」

 はるは、頷いた。



 一方その頃。

 ドラマの休憩時間。

「そっか」

 冬は、日高の肩を抱いていた。

「……私、はるに、早く大人になってほしいって、ずっと思ってた。でも、今はどこかで、元に戻ってほしいって思ってる」

 日高は。

 ぽろぽろと涙をこぼして。

 泣いていた。

 -怖い-

 日高は、何度もそう言った。

 -はるが、大人になっていくのが、怖くてたまらない-

 そう言って。

 日高は泣いていた。


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