第104話 三分の一

「日高!待って」

 追いかけて来たのは、冬だった。

「ねえ、大丈夫?」

「大丈夫…じゃない」

 日高は、視線を落としたまま、そう言った。

「チョコレートなんて、私、はるの作ったの、食べたことないのに。それに見せつけるように抱き合っちゃってさ! 何なの、あいつら。わざとやってるワケ?」

「本っ当に好きなんだね、はるちゃんのこと」

 少し、冬は笑って。

「ねえ、日高。はるちゃんも、必死なんだよ。お稽古だけじゃなくて、人間関係も築かなきゃいけないの。すごく頑張ってるんだよ」

「………」

「ね? 理解してあげてよ。ね、お願い」

 冬の言葉に。

「あっちでも、こっちでもお願い、か……」

 日高は呟いた。

「ねえ、日高。お願いだから…」

「わかったよ」

「ホント?」

「やきもち焼くの、半分にする」

「ダメ! 三分の一にして」

「三分の一?」

「そ、三分の一……」

 日高は、少し考えて。

「わかった」

 冬の目を見て頷いた。

「約束だよ」

「うん」

 もう一度、日高は頷いた。


 翌日。


 -奥プロ事務所-


「社長ー、聞いてー」

「おー、はる。どした」

 デスクから社長が顔を上げた。

「昨日さあー、おうち帰ったらね、私の好きな今川焼きとたい焼きが買ってあったのー」

「おー、そりゃあ、良かったなあ」

「良くないよー。ありがとうって言って私が食べてたらさー。日高が、すごいこと言ったのー」

「何て言ったんだ?」

「『はるは、ちょっとデブでブスがいい』って」

『ププッ』

 太一が、奥で笑った。

「ねー、ひどくない?」

「はるは、ちょっとデブでブスがいい、かあ。名言だな」

 社長は笑った。

「草馬君のことでやきもち焼いてるのはわかるけどさー」

 はるが、ソファに倒れ込んで、頰をふくらませた。

「いや、良いじゃんか。昨日、冬から電話があって、いろいろ聞いてたんだよ。それぐらいで済んで、ほっとしたよ」

「何それー」

「優しくしてやってくれよ。日高は、日高なりに最近、寂しがってんだよ。俺が言うのも何だけど、ちょっとお前ら倦怠期ぎみだろ」

 社長の言葉に。

「あっ」

 はるは起き上がった。

(最近、私たちキスをしていない)

 そう思って。

 次なる悩みに。

 気づいてしまった。

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