第102話 おにぎり

 早朝。

「……おはよ」

「あ、日高、おはよ」

 はるが、朝から大量のおにぎりを作っていた。

「それ、日高の分だから食べて」

「うん」

「ちょっと待っててね、今、お茶入れるから」

「うん」

 頷いて。

「ねー、何でそんなに沢山作ってるの」

「あー、何か、流れで、私がおにぎり作ることになっちゃったんだよね」

「…何で?」

「草馬君がさぁ………」

 はるはめた。

 でも。

「草馬君が、何?」

 勿論、日高はそれを聞き逃さなかった。

「………」

「草馬君がどうしたの?」

「……何かね、私が作ったおにぎり…食べたいかな、みたいなこと言われて……」

 はるの言葉に、みるみる日高の表情が険しくなっていった。

「ふーん。それでいそいそ作ってるんだ」

「別に、だから草馬君のだけ作ってるわけじゃないよ」

「私、朝ご飯いらない」

「え、何で」

「いらない」

 日高は、そう言って、洗面台に消えて。

 身支度を整えると、タクシーを呼んで、事務所に向かってしまった。


 -奥プロ事務所-


「ほら、俺のクリームパン、半分やるから」

「社長、ありがと」

「はい、日高さん、紅茶」

「関君もありがと」

「じゃ、僕は、はるさんとこ向かいますね。そのまま、劇場入りますから」

「おう、頼むな」

 関君の姿が見えなくなると。

「そんで、何? 朝飯食べないで、出てきたわけ?」

「そう」

 クリームパンを食べながら、小さく日高は頷いた。

「お前ホントすごいな、何か」

「だって、私の為に作ったおにぎりじゃないじゃん。何で草馬君の為に作ったおにぎりを私が食べなきゃいけないワケ?」

 日高の言葉に、社長は可笑おかしそうに笑った。

「最近さ、日高も大人びてきたって思ってたんだよ。現場で主演張ってる責任感から来るものか、とか思ってたんだけどさ。やっぱ、はるに対しては、子供以下だな」

「何それ」

「まー、はるだってさ、舞台の仲間と溶け込もうって、頑張ってるわけだしさ」

 社長も、クリームパンをかじって。

「これぐらいにしとけよ。なっ」

「……わかった」

 日高も頷いて。

 この日は、これで収まったのだけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る