第101話 姫花の言葉

 -YOSHIMURA本社-


 この日、はると姫花の二人は、成人式の着物の撮影で、朝から本社の中にあるスタジオで、何枚もの振り袖を着ていた。

「二人共お疲れ様。後で、これっていう着物があったら、あげるからね」

『えっ、いいんですか』

 って。

 二人は声をそろえて振り返った。

「もちろんいいわよ。何なら少し大きく引き伸ばした写真も、持って行ったら? プロが撮ったのは違うから」

 祥子の言葉に、二人はきゃあきゃあ言って。


 休憩時間。

「ねえ、HALちゃん」

「ん?」

「HALちゃんがうらやましい」

 姫花が言った。

「私、どうしても日高さんのことが諦めきれなくて、お弁当作ったり、お芝居のアドバイスもらいに行ったりしてたの。でも、全然振り向いてもらえなかった」

「………」

 はるは、姫花を見つめた。

「日高さんが、言ったの。『はるは、私を自由にしてくれた恩人でもあって、それと同時に、かけがえのない恋人なの。はるを悲しませることは出来ないから、外で会うことは出来ない』って。私、一度でいいから、スタジオ以外でも、手を繋いだりしたかったんだ。でも、外で会うのは出来ない、ってハッキリ言われたの」

「……知らなかった」

「でもね、じゃあ、役の中の恋人として、スタジオの中だけは、私の恋人でいてくれますかって言ったの。そしたら、『それは私もそう思っているよ』

 って。きっと嘘なのわかってるの。でも、そういう優しい嘘がすごく嬉しくて、ますます好きになっちゃった」

「……そうなんだ」

「うん。でも、スタジオ内だけでも幸せなんだ」

 姫花の瞳は、キラキラしていた。

「もうすぐお別れだけど、きっと、この辛さが女優としてきるときが来る。それは女優として日高さんから学んだことになるでしょ。そういう風に考えたんだ」

「………」

 はるは。

「……そうなんだ」

 輝いている姫花を見つめて。

 その言葉を、ただ呟くしかなかった。



 夕食も終えて、ソファでテレビを観てくつろいでいる日高に。

「はい」

 はるは、湯のみを置いた。

「…ありがと、はる」

 日高が、はるを見た。

「今日、どうだった? 振り袖の撮影」

「うん、久しぶりに姫ちゃんに会って楽しかった」

「そっか。姫花、いい子だよね」

「そう思う?」

「うん。心根が綺麗だから、たまにいろいろ苦しくなった」

 それだけ言って、日高は湯のみにくちをつけた。

 日高の横顔は。

 やっぱり、綺麗だった。

(私、贅沢なんだ。ちゃんとしなきゃダメだ)

 はるも、日高の横に座った。

 日高は、しばらく黙っていたけれど。

「私、はるのことが好きなんだよ」

 そう言った。

「どうしようもなく、好きなの」

 はるは、日高を見た。

「たまにね、歌番組で歌ってるときにね、はるへの想いが溢れちゃって、胸が詰まることがあるの。こんなにずっと一緒にいるのにね、おかしいよね」

「………」

 はるは、日高の言葉に、こみ上げてくる感情を、抑えることが出来なくなった。

 日高の胸に顔をうずめて。

 声をたてずに泣いた。

 日高は、ちょっと微笑わらって。

「ゴメンゴメン。また泣かしちゃったね」

 そう言って、はるの髪を指でくように。

 何度も何度も撫でつづけた。

「大好きだよ、はる」

 はるの耳元で。

 日高は、この日。

 この言葉を、くり返し、はるに伝えつづけた。

 きっと二人は。

 どこかで、姫花のことを。

 忘れてはいけないのだと。

 思っているはずだった。



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