第100話 光

「えっ⁉︎ シャルロットにラブシーン入れるのー!」


 -奥プロ事務所-


「うん。最終日だけ。サプライズでね」

 太一の言葉に、

「何それー」

 久しぶりに日高は悶絶した。

「人気俳優の草馬一人そうまかずとだよ。いつも、シャルロットを守って来たでしょ。キスの一つも無いと不自然だって演出家の先生が言ったらしいよ」

「北川先生?」

 日高は、目を上げた。

「そうみたい」

「…うわ、絶対、決まりだわ」

 目を閉じて。

「はるに、シャルロットなんて勧めるんじゃなかった」

 本気で後悔しはじめていた。


 その夜。

 料理を作っている、はるの姿を見ながら。

 ソファから、日高は声をかけた。

「ねー、はる」

「何?」

 料理を作る手を止めず、はるは返答こたえた。

「今日、お稽古でキスした? 草馬君と」

「した」

『はぁー』

 一回、ソファに沈んで。

(だめだ。堪えられない)

 でも。

 気力と体力が少し復活かいふくした所で。

「ねー、はる。何回…くらいキスしたの?」

「聞かない方がいいよ」

 はるの言葉に。

 無言で。

 日高は。

 ソファに落ちていった。



 二人で向かい合って。

 オムライスを食べているけれど。

 カチャカチャと。

 スプーンが、お皿に触れる音だけが響いていた。

 はるがケチャップで書いた、日高のオムライスの『はる』という文字と。

 はるのオムライスの、『日高』という文字も。

 二人は、全くのスルーで。

 でも。

 重苦しい空気の中で、

「ねえ、日高にお願いがあるの」

 はるが、スプーンを置いて、言った。

「何?」

 日高も、はるを見た。

「私、男の人とキスしたことがないから、お稽古でキスシーンがあったあとは、家に帰ったら、日高に抱きしめてもらいたい。何ならキスもしてもらいたい」

 訴えるように、はるは言った。

「はる、怖い?」

「怖くはないけど、超緊張する」

「そっか」

 頷いて。

「わかった。じゃ、後でね」

 日高は微笑わらった。

「いいの?」

「いいよ」

 もう一度、日高は頷いた。



(………)

 お皿を洗ってる、はるの姿を見ていたら。

 日高は、ソファを立つと。

「はる」

 って、後ろから抱きしめた。

「うっそ、今?」

「うん」

 日高は悪戯いたずらっぽく笑って。

 はるが水を止めると。

 はるを軽々と抱き上げて、ソファに運んでそっと横にさせた。

「君のことは、今日から僕が守ってあげる。ずっとずっと守ってあげる」

(あっ)

 いつの間に台本を読んだのか、そのセリフは、ひかる役の草馬がシャルロットにかけた言葉だった。

「………」

 シャルロットは、小さく頷いた。

「初めて会った時から、ずっとずっと好きだった。僕が君の声になる。だから、お願い。誰かのものにならないで」

 そう言って。

 光は、シャルロットの髪に触れながらキスをした。

(全く同じ……)

 きっと。

 私が緊張しないように。

(日高で塗りかえてるんだ)

 その優しさと。

 愛情の深さに。

日高ひかる……)

 心の中で呟いて。

 日高ひかるの背に手を伸ばした。

 シャルロットは、日高ひかるに、陶酔していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る