第87話 日高の安らぎ

 -奥プロ事務所-


「ねえ、社長。日高の歌い方って、すごく感情がこもってるよね」

 テレビに映る日高が歌う姿を観ながら、はるが言った。

「おお、疲れてるとき、俺、泣いちゃうときあるよ。聞いててさ」

「すごいよなあ、やっぱり」

「今、セーブしてるって言ってもさ、けっこう仕事入れちゃってるからさ。はるが家で、日高が安らげるように頼むな」

 社長の言葉に。

「日高って、どういう風にしたら安らぐんだろ」

 はるが振り返った。

「日高は、食事は全部おいしいよって言ってくれるし。台本もほとんど家じゃ読まないし。趣味も無さそうだし」

「まー、女優の中の女優だからなあ。お芝居以外、考えてなさそうだしなあ。まぁ、甘えさせて、優しくしてやればいいんじゃないの」

「ぼーっとするってこと?」

「普段の日高を見る限り、はるが喋ってるのを聞いて相槌打ってるときが一番楽しそうだけどなあ」

「そうなの⁉︎」

「僕もそう思います。日高さん、はるさんが喋るときは、すごく優しい笑顔になってますよ」

 関君が言った。

「たまに、サキさんと祥子さんが話題に出てくるとぶすっとしてるけどな」

「この間、舌打ちしてましたよ」

 ハハハハッと、一同笑った。

(安らぎかぁ)



「ただいまー」

「お帰りっ」

 飛ぶように、はるが玄関先に出て来た。

「どしたの」

「何が?」

「いつもと違うから」

 怪訝けげんそうに日高は、はるを見た。

(やばい。逆効果だ)

「………」

 日高は、ソファに、いつもの通り座った。

「ねー、ご飯、食べるよね」

「うん」

 テレビをつけて。

「はる、何かあったの?」

 日高は、そう言った。

(やば)

 こうなったら。

 はるは、日高の横に座った。


「何だ、そっか。また祥子さんか、サキさんがらみって思った」

(がらみって……)

「別に、はるは、いつも通りしてくれたら、私は十分じゅうぶん楽しいし、安らげてるよ」

「いつも通り?」

「あそこの店のあれが安いとか。シャーペン拾ってる間に連ちゃんとめいちゃんがキスしてたとか。そういう話を聞いてると、情景が思い浮かんで、すごく楽しいよ」

「そうなの?」

 はるが、日高に近づいて、言った。

「あと、そうやってひっついて来てくれるところ。とても幸せな気持ちになるよ」

 日高の言葉に、はるは赤くなった。

「赤くなった」

 日高が、笑った。

(やばい。私が幸せすぎる)

「お腹すいた」

 日高が言った。

「ご飯にする? はるにする?」

 冗談っぽく、はるが言ったら。

「じゃあ、はるにする」

 そう言って。

 日高は、はるにキスをした。

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