第76話 女優の階段

 -奥プロ事務所-


「わっ、すごいな、こっちも」

「僕のパソコンも、すごいです」

 そう言う、太一と関君の後ろで、

「あ、ハイ、ああ、有難うございます。はい、これからもどうぞよろしくお願い致します」

 社長は電話対応をしていて。

 はると日高の浴衣のCMが世間に流れ始めると、奥プロは、その反響がすさまじく、朝から嬉しい悲鳴をあげていた。

 やがて、それも少し落ち着いたころ、

「しかし、日高のこれ、アドリブだろ? 二万発の花火を一度も見ないで、はるを見つづけるってな」

 社長は、湯のみ片手に、ソファに腰を下ろした。傍らには太一がいる。

「祥子さんへの意地もあるんですかね」

「どうかな。はるへの思いと、意地と、女優魂ってとこかなあ。僕も昔、何人ものマネージャーやったけど、こういう子はいなかったからなあ。ただ、僕の知る上で、女優の中の女優って人もいたけど、みんな、やっぱり別格だったよね。日高には、その片鱗が見えるんだよね」

「じゃあ、女優業に専念出来るように支えてくれる人が必要ですよね」

「ああ。それがはるなら、言う事ないよ。最近、すっかり大人になったからなあ」

「そうですね」

 太一も頷いた。

「あ、じゃあ僕、二人の所、迎えに行って来ます」

 関君が、立ち上がった。

「ああ。祥子さんによろしく言ってくれ」

「はい」



「ただいまー」

 はると日高が、手をつないで入って来た。

「おい、お前たち、どっからつないでんだよ」

 社長の言葉に。

「そこ」

 って、日高は顎でしゃくった。

「そこってどこだよ」

「社長、大丈夫だよ。本当にドアの前ぐらいだから」

 はるが言うと、

「まあ、はるが言うなら」

 社長は再び、お茶を飲みはじめた。

「あー、何それ」

 日高の声に、

「いいんだよ。彼女立てとけ」

 と、社長。

「彼女だって」

 はるが、日高の腕を抱きしめるように体をくっつけた。

「………」

 日高は、それ以上、何も言わず。

「あ、そうそう。日高さ。舞台、追加公演決まったから」

「えっ、ウソ」

 日高は慌てて社長の横に座った。

「地方だけど。どうする?」

「行くよ。やる」

 日高は即答した。

「え、いいのか。半月帰れないけど」

い。大丈夫」

 日高は。

 あの日から、姉の言った言葉を、自分なりに、ずっと反芻はんすうしていた。

(はるが大人の階段を上ってゆくのなら)

 私は女優の階段を上ってゆくだけだ。

 いつか。

 どこかのフロアの踊り場で。

 二つの階段は、つながっているかもしれないから。

 お金持ちではないけれど。

 不器用で何も出来ないけれど。

 日本を代表する女優になって。

 はるを受け止めよう。

 そして優しく抱きしめて。

 今度は、はると、ゆっくり階段を下ってゆくの。

 一緒に。

 同じ景色を眺めながら。

 二人で一緒に。

 階段を下るの。

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