第77話 いつか迎えに行くから

「ねー、荷物、それだけでいいの?」

「うん。向こうで足りなかったら買うから」

「ふーん」

 ギシギシ、椅子を鳴らして、はるは、日高が荷作りする様子を眺めていた。

(つまんないの)

 半月も日高に会えないなんて。

 お仕事なのは、わかっているけど。

(でも)

 あの、シャルロットという役の。

 日本語も全くわからない、日本文化にも馴染めない、あの姫君の姿を見たとき。

 お芝居だってわかっていても、泣けて泣けて仕方なかったっけ。

「ねえ」

「ん?」

「シャルロット役って、主役じゃないけど、何で引き受けたの?」

 はるの言葉に。

「私に似てるから」

 日高は言った。

「スクランブル交差点で、あちこちの人とぶつかって、シャルロットが倒れるでしょ。あと、日本語がわからなくて、まごまごしてる場面とこ。あれ、すごく似てる」

 日高が笑って、目を上げたら。

 なぜか、はるが泣いていた。

「はる、どうしたの?」

 驚いて、日高は、はるの側に来た。

「何で泣いてるの?」

「わかんない」

 しゃくり上げて、はるは泣いていた。

「わからないの……?」

「わかんない。でも悲しいの」

 そう言って、はるは、日高の胸に顔をうずめて来た。

 ちょっと困ったように。

 日高は、はるの背に手を置いた。

「ねえ、はる」

「………」

「そのままでいいから聞いててね」

「………」

「私、お芝居しか出来ないから。祥子さんみたいにお金持ちじゃないし。家事も出来ないし。でもいつか、日本で一番の女優になったら、はるを迎えに行きたいの。それには、これからどんな役でもやってみたい。はるには寂しい思いをさせちゃうけど、必ずいつか迎えに行くから待っていて」

 その背へ、語りかけるように日高が言うと、

『わあぁー』

 って。

 はるは、さらに激しく泣きはじめて。

「はる、泣かないで……」

 はるの背中を抱きしめながら。

 小さな声で。

 本当に小さな声で。

 日高は呟いた。

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