第73話 大人の階段

 -YOSHIMURA本社-


「言われてみれば、そうかもねー」

 デスクから、祥子は手を組んだまま、品定めするように、はるを眺めた。

「友人たちが言うんですよ、“祥子さんにどうにかしてもらえ”って」

 はるの言葉に、

「なるほどね」

 頷いて、祥子は、デスクを立った。

「私と日高ちゃんは、多少恋のフィルターがかかっちゃってるから見えづらいけど。確かにモデル体型はだいぶ通り過ぎてるわねー」

「すみません。間食しちゃって」

 はるがぺこりと頭を下げた。

「いいわ。じゃあ、今日から、専門のインストラクター呼ぶから」

「えっ今日からですか」

「そう。社長には私から言っておくから。それにどうせ明後日から制服の撮影でしょ」

「あ、そっか」

「どうする? やる? やらない?」

「今日から! 今日からお願いします」

 意を決したように、はるは大きく頷いた。



 -奥プロ事務所-


 日高が。

 ソファで、倒れたまま、足をぴこぴこ動かしていた。

「でっかいスルメだなー」

 外まわりから戻った社長が言った。

「はるちゃんの、聞いてますか」

 太一が言った。

「ああ。今日から体絞って、明後日そのままロケ行くって言ってたよ。祥子さんから電話もらった」

「東北の方の、遅咲きの桜の下で制服の撮影するってやつですよね」

「ああ。祥子さん、そういうの、こだわるからな」

 社長は、そう言って。

「で、スルメ。お前、今日から実家に戻れ」

「え、何で?」

 スルメ、いや、日高は顔をもたげた。

「はる、一週間は戻らないから。お前の一人暮らしは会社NGだ。俺から花村さんに言っとくから、実家から現場へ行け。いいな」

「えー」



 -花村鉄工所-


「ふーん、会社NGかあ」

 昔、貴子が使用していた部屋で、日高と貴子は向かい合って座っていた。

「私も明日はパート休みだから泊まるわ」

「お姉ちゃん、旦那は?」

「ああ。子どもと向こうの実家行ってる」

「ふーん」

 頷く日高に。

「ねえ、いつも、連ちゃんとめいちゃんがいるから聞けないけどさ、あんた、この先、はるちゃんどうするつもりなの?」

「えっ」

 日高は、目を上げた。

「どうするって?」

「だって、はるちゃん一月で二十歳でしょ。このままでいい訳ないじゃない」

「そう言われても…」

「あのさ日高、あんまり言いたくないけどさ、はるちゃん、この頃急に大人びてきたでしょ?」

「うん」

 日高は頷いた。

「この先ね、いろいろ考えるのよ。この人と一緒にいて大丈夫かな、とかさ。確かに今はいいわよ、若いから。でも、世界で一番好きだけど、演技しか才能のない、何も出来ないあんたと。世界で、二番目だか三番目に好きで、大人な祥子さんと、どっちを選べば幸せなんだろうって。特に祥子さんと一緒になれば、何不自由なく暮らせる。食事も作らなくて済むし、掃除も洗濯も誰かがやってくれる。会社の経営を学んで、いつか自分がYOSHIMURAの社長になって、世界中を飛び回るの」

「………」

「どっちがはるちゃんにとって幸せかはわからないけど。はるちゃん、大人の階段、どんどん上っていっちゃうのよ。そのうち、手が届かない所に行っちゃうから」

「お姉ちゃん、どうしよう……」

「ばかね、そうならないようにしなさいって言ってるのよ。はるちゃんとのこと、ちゃんと考えなさい」

「………うん」

 力なく、日高は頷いた。



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