第四章

第72話 冬の桜

 -私の腕の中で

 氷のように冷たいあなたの体を抱きしめて

 私の中だけで咲く冬の桜

 誰にも触れられたくないし

 誰にも見せたくないから

 今宵も

 私だけがでるの-



 いい歌だなあ。

 シンプルに、はるはそう思っていた。

 日高が歌う、五曲目の“冬の桜”は五月に入っても、街中でふつうに流れていた。

「あれっ」

 レコード会社から贈呈されたCDをたまたま手に取ると、作詞者の欄に、HIDAKA・MOMOYAMAと記されていた。

(日高が作詞してるの⁉︎)



「ただいまー」

「お帰りー」

 はるは、CDを手にしたまま、日高の元へ駆け寄った。

「ねー、これ、日高が作詞してるの?」

 日高は、ちらっとCDを見た。

「そうだよ」

「えっ何で何で」

「作詞してくれって言われたから」

 薄手のジャケットを脱ぎながら、日高は言った。

「ねえ、一個、聞いていい?」

「もう、ずっと聞いてるじゃん」

 日高が笑ってソファに座った。

 追いかけるように座って、はるが言った。

「もしかして、これ、私のこと?」

「そうだよ」

 日高は言った。

「はる、体、冷たいでしょ。いっつも冬の間温めてあげてたじゃん。そのうち、手足が温かくなってくるから、はるの花が咲いたなぁって思うわけ。春の花って桜でしょ」

「え、それで季節が冬だから?」

「そう。冬の桜。そのままなんだけど」

「ねえ、ねえ、じゃあさ、その後の歌詞は?誰にも触れられたくないって思うわけ?」

 そこまで聞くと、日高は、例のごとく、ふいっと顔を背けて、

「お腹すいた」

 そう言って。

 もう、何を尋ねても、返答こたえてくれなかった。

「もー」

 って、はるは言ったけど。

 単純に、でも純粋に。

 嬉しかった。


 -大学構内-


「えー、いいなあー」

 今日は。

 連ちゃんと、めいが、自らを抱きしめて。

 悶絶していた。

 連ちゃんが、

「日高先輩って、前はきれいで可愛いって思ってたけど、最近雰囲気違うよね」

 って言うと、めいが、

「そー!きれいで、かっこいいっていうか。はるのデビュー当時みたいな」

 二人とも、目を乙女にして、そう語っていた。

「それに比べて、はるさー」

 って、連ちゃんが言った。

「YOSHIMURAの契約違反にならなきゃいいって思ってきたでしょ、最近」

「えっ」

「下っ腹も出てきてさー、化粧も適当だしさー」

「捨てられるよ」

 めいが言った。

「うそ」

「うん。どうにかしてもらいなよ」

「誰に?」

「祥子さんに」

 二人は。

 声ををそろえて言った。

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