第32話 はる

「最後の夜もカレーでごめんね」

 はるが言った。

「ううん、美味しいよ」

 日高が微笑わらった。

「明日から、本当に朝食も一緒に食べないの?」

「うん。私のは用意しなくていいよ。部屋も自分の部屋に戻るから」

「ここに帰って来ないの?」

「うん」

「そうなんだ………」

「まあ、二ヶ月だけだしね。でも今回は本気でやってみたいから」

「そっか」

 小さくはるは頷いた。

 いつもは。

 はるが本を読んでいるソファで。

 今日は、日高が台本を読んでいた。

「珍しいね。家でお仕事するの」

 日高の横に、はるも座った。

「今回、セリフ長いんだよね。いつもなら一回読めば入るんだけど」

 そう言う、日高の肩に、はるがもたれかかった。

「不思議ー」

「何が?」

「日高が私を見てくれないと、何だか逆に追いかけたくなる」

「へえ」

 台本から、日高は目を上げて、はるを見た。

「手にしていたものが、永遠じゃないんだってわかるね」

「そうかもね」

 日高は、台本を傍らに置いた。

「今日はいつも通り過ごそっか」

 テレビをつけた。

 いつも、二人で観ている、クイズ番組で。

「ねー、手、繋いでいい?」

「いいよ」

 日高は右手を出した。

(何か)

 高一で、自分が演劇部に入ったころ。

 日高は、日高先輩で。

 きれいで。

 かっこよくて。

 憧れで。

 話しかけられただけで、舞い上がってた。

 でも。

 今は自分の恋人なんだ。

 日高が。

 声をたてて笑った。

 何か。

「ねえ」

 はるが、日高の右の頬を指でくすぐった。

「私のことも見て」

 はるの言葉に。

 日高は、ちょっと驚いて。

 いつかのように、はるの手を引き寄せると、

「………はる」

 囁いて。

 抱きしめた。

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