第5話 不敢説
「何だって?」
玖晶は驚いて、聞き返した。王白羽の顔をじっと見つめる。
「まさか、まだ俺のこと始末する気なのか?」
「ああ、そうだよ。」
耳を疑うような言葉だった。
「冗談だろう。さっきあんたを助けてやったじゃないか。どうして。」
「助けて貰った覚えはない。元々君の招いた災難だろう。私は巻き込まれただけだ。」
王白羽は取り付く島もなかった。あまりの言い草に、玖晶は
「でも、あんただって、俺に力を貸してくれた訳だし……」
「力を貸した、誰が?」
「王白羽、あんたのことだよ。」
「知らないな。私は力を貸した訳じゃない。どちらか片方消えてくれれば、有り難い、と思っただけだよ。まさか、倒すとはね。」
一息おいて、王白羽は続けた。
「それに、君が妖しげな術を使う妖しげな人間だと分かったし、うん、やはり生かしておくべきではないだろうな。」
「
「ところで、最後に訊いておきたいことがあるのだが、君はいったい……」
言葉が終わらぬうちに玖晶は門から飛び出した。
※※※※※※※※
「やれやれ、
取り残された男は、そうつぶやくと、何かに気づいたように、足元に視線を落とした。
死んでいたはずの蛇が、そろりと頭を持ち上げ、のろのろと這いずって逃げようとしていた。
「おや、まだ動けたのか?」
彼は微笑して、蛇の尾を踏むと、剣を抜いてその頭を
「悪かったね。でも私に牙を
剣を鞘に収めると、彼は玖晶の後を追った。
門を飛び出して、しばらく走ったところで、玖晶前から来る一団が目に入った。屈強で、いかにもそれらしい男たちだ。おそらく、王白羽をさがしている連中だろう。玖晶の姿に気づいて、こちらを指差して何か言っていた。
良かった、これで助かる。玖晶は彼らに向かって手を振って叫んだ。
「おーい、こっちだ。あんたたちの探してる王白羽は……」
「あいつだ。捕まえろ。」
一人の男が叫んだ。玖晶は、ぽかんとその場に立ち止まった。何が起きたものか、すぐには理解できなかった。彼らが自分めがけて駆け寄って来るのを見て、ようやく自分を捕らえようとしているのに、気づいた。
何なんだよ。これじゃ、いつか見た夢と同じじゃないか。全く、こんなときに人違いなんて止めてくれないか。玖晶は、思わず心の中で毒づいた。
「違う、俺は王白羽じゃない。そいつは今、後から……」
最後まで言わないうちに、あることに思い至って、玖晶の顔が蒼くなった。しまった、何てことだ。
そうだ、最初に使った名だ。あの時、咄嗟に、王白羽と名乗ったのだ。後で、これではすぐ足が着くだろうと思い、とっとと変えた。使っていたのは二、三日くらいだったろうか、すっかり忘れてた。
「お前、世話になった家で盗みを働いて逃げたそうじゃないか。その左手の腕輪を質屋の主が覚えていたよ。この恩知らずが。」
何だって、一体どういう事になっているんだ?まるっきり訳がわからない。
さて、どうしたものだろうか。ため息が出てきた。これでは前門の虎、後門の狼だ。いや、正しくは、前が狼の群で後ろか人喰い虎といったところか。言い換えたところで、状況は違わないが。
考えて、はたと気づいた。そうだ、状況は変わらない。当初の思惑通り、狼と虎をぶつけて、その隙に逃げれば良いのだ。
「わかった。降参だ。あんたたちと一緒に行こう。だから……」
「私の連れがどうかしたか?」
言い終わらぬうちに背後から声がした。声を聞いて、玖晶の心臓は止まりそうになった。そこには、先ほどまで一緒にいた王白羽、いや、まだ名も知らぬ人物が立っていた。
彼の姿を見るなり、玖晶を取り巻いていた男たちの顔色が、
「あんたは、確か嶺祥……」
呼ばれた方は人差し指を口の前に当て、言喋るな、という仕草をした。男たちは一礼した。
「
「この男は貴兄の連れなのか?」
「ああ、そうだよ。何か不都合でも?」
「そうか、すまなかった。どうやら人違いをしたようだ。本当に申し訳ない。」
一団の頭らしい男が玖晶に向かって詫びた。
「悪かったな。」
一体、何が起こったものか、訳が分からなかった。玖晶は去ろうとする男の前に回り込んだ。
「おい、待ってくれ、間違いじゃない。俺はあんたたちが探している……」
「人違いなんだよ。いいな。」
男は強引に玖晶を振り払うと、そそくさと仲間たちを連れて行ってしまった。後には四峯と名乗った男と玖晶の二人だけが残された。
玖晶は、すっかり途方に暮れてしまった。四峯は黙ったまま、こちらを眺めている。気まずい雰囲気、どころではなかった。完全にまずい事態だ。何とかしなければ。だが、どうすればいい?
「ところで、前から訊きたかったのだけれど」
玖晶があれこれ、思案しているのを知ってか知らずか、四峯が声をかけてきた。
「君はいったい誰?」
「はい?」
玖晶はぽかんと口を開けた。意味がわからなかった。
「
玖晶が理解していないとみると、何処に属しているのか、と言う意味だ、と言い直した。
「といわれても、別に」
「何だ、つまらない。ここの所、煩わしいから、潰してやろうと思ってたのに。」
どうやら自分が、あの二人と関わり合いがあると思っていたらしい。見張り役と連絡係といった所か。
「そら」
四峯は、いきなり自分の剣を玖晶に放って寄越した。反射的に玖晶は両手でその剣を受け止めた。ずしりとした重さが両手にかかった。
「な……」
すっかり面食らっていると、四峯が言った。
「やるよ。」
やるよ、と言われても、どうしたものかと玖晶は戸惑った。
相手が何故わざわざ、自分の剣を投げて寄越したのか
もっとも、剣を抜いて反撃してみたところで到底かなうはずもない。あっさり返り討ちにされるのが関の山だ。
かと言って、素直に返す訳にもいかず、
剣を抱えたままそろりと後ずさった。
「おや、抜かないのかい?なら返して貰うよ。」
そう言うと、四峯は、すっと間合いを詰めると玖晶の手から剣を奪い取ってしまった。
「せっかく、機会をあげたのに。」
結局時間稼ぎにすらならなかった。
再び四峯は黙り込んでしまった。日はどんどん暮れようとしていた。
さて、と四峯が口を開いた。
「そろそろ日が沈むが、何か言い残す……」
「つ、月が綺麗ですね。」
言い終わる前に、玖晶は声をかけた。
「それは
間抜けなことを言ったものだ。相手から、冷ややかな視線を向けられた。
「今夜は新月だ。どこに月がある。」
それでも負けずに玖晶は続けた。
「ぎ、義理の弟にしてください、と言ったら?」
無論、その場しのぎの思いつきだった。
「断る。」
当たり前のようにあっさりと一蹴された。
「ついでに言っておくが、嫁も妾も間に合っている。申し分のない妻がいる。亅
更に追い討ちをかけられてしまった。まあ、こちらも生憎、姉や妹は居ない。いてもあんたには
「では」
もはや破れかぶれになってきた。「では、弟子にしてください?」
取り敢えず、これも言ってみることにした通らなかったら、次は何と言おうか。
「弟子だって、いったい何の?亅
「武術でも楽器でも学問でも、何でも。」
「何でも、か。」
四峯は呆れた顔をしていた。
「やれやれ、節操がないと言うか、いい加減と言うか、随分と
「当たり前だ。」
玖晶は四峯の顔を真っ直ぐ見て言った。こんな所で死んでたまるものか。真っ平ごめんだ。
「残念だけど、弟子を取るような柄じゃない。他には?」
「それなら、俺の命に見合うだけの金を払おう。」
玖晶は言った。
「払うって、いったい、
「言い値で結構。」
玖晶が答えると、四峯は少しばかり意地悪い笑みを浮かべた。
「わかった。では、銀十万両。」
「承知した。」
「承知って、本当に払うのか?」
四峯は
「勿論だ。貸してくれ。」
「何だって?」
「だから、払うから、十万両貸していただきたい。」
玖晶が真顔でそう告げると、一息置いて四峯が言った。
「十万は用立てられないな、三千にしておくよ。で、借りていつ返す?」
「七十年」
玖晶は答えた。
「七十年かけて返す。もし返せなかったら、その時は命を取って構わない。」
「七十年ね……」
四峯は興味深げに玖晶を見て、いいだろう、と
「
何とか、助かったようだ。玖晶はひとまず、
商談成立、まずは一旦お開きだ。玖晶がさっさとその場を去ろうとすると、四峯が、待て、と呼び止めた。
「伝えておくことがある。私の前で
怪訝な表情を浮かべると、四峯はこう言った。
「
そして、
(この話了)
麒麟の麒《きりんのき》 たおり @taolizi9
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
動漫散歩/たおり
★4 エッセイ・ノンフィクション 連載中 23話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます