其の十三「人形だらけの神社」
ある程度歩いていくと森を抜け、目の前には拓けた場所と、頼りない吊り橋が現れた。
下は何十メートルもありそうな崖になっていて、向こう岸には巨大な鳥居とそれに似合わないこじんまりとした神社が鎮座している。
「透さんは中か?」
俺はおっかなびっくりで吊り橋を渡りきり、神社まで歩み寄る。
吊り橋は大人が数人走ったら壊れてしまいそうなほどにボロボロだ。もし、みんなでここに来ることがあったら慎重に渡り切らないといけないだろう。
「うわっ、こわ……」
神社の境内にはありとあらゆる場所に人形やヌイグルミが落ちている。
いや、落ちているというより安置されているといったほうが良いのだろうか。
人形供養の神社などではズラッとありえないほどの人形が並んでいるらしいが、ここは綺麗に整列しているわけでもなく、あちこちに立っていたり倒れていたり……管理されているとはとても思えない状態だ。
「わっと」
神社の内部へ入るべきなのかと歩き回っていたら、足元にあったヌイグルミを一つ蹴ってしまった。
まずいんじゃないかと直感して抱え上げ「す、すみません」と言いながら裏表とひっくり返して壊していないかを調べる。
すると、お腹のあたりがほつれてなにか木の板のようなものが飛び出していた。
「やべっ、俺のせいか!?」
木の板をヌイグルミの中に押し込もうと手をかけ、俺はその板になにかが書かれていることに気がついた。
「加賀村……
ヌイグルミに入った板切れに名前。
確か、この村では生まれた人間の名前を人形に込めて身代わりにするのだったか。ということは、この神社に納められた人形やヌイグルミ達は全て身代わりなのだろうか。
現在村の住民がどれだけいるかは分からないが、この神社にある人形達はあまりにも多い。もしかしたら、昔の人物のものまで安置されているのかもしれないな。
そうなると、神社の表側にあるこの人形達は比較的新しいもので、奥に進めば進むほど古い人形やヌイグルミがあるのかもしれない。
この加賀村という人物が今村にいるかどうかを尋ねれば、この仮説が正しいかどうかも分かるな。
「あれ、令一くん」
俺が外側から神社の分析をしていると、内部から聞き覚えのある声がかけられた。
「透さん、もしかしてもう終わったのか?」
「うん、じっくり見てきたよ」
彼はそう言うが、詩子ちゃんのところで話していた時間はそう長いものじゃなかったぞ。小さいとはいえ、神社の中を隅々まで見て回るのにそんな短時間で済むなんて、透さんには本当に驚くことばかりだ。
「なにがあったか教えてもらっても?」
「うん、えっとね。まずは、奥に行くほど大きな人形が多いね。あとヌイグルミも。そっちは伝承通りに服が重ね着されていってるみたいだったから、多分その分大きく見えるようになってるんだと思うよ」
祭りの日に人形を重ね着させる。
それが本来のおしら神の祀り方だ。気になってスマホで調べてみたが、村のおしら神とそこまで大きく違いがあるわけではなさそうだった。
この村では、その重ね着させる人形は自分の名前入りのもの限定であるということになる。まさか全員、祭りの度に重ね着用の服を作っているのだろうか。
「それから、壁に火気厳禁ってポスターがあったよ。まあ、神社の中だからね」
「あー、それはそうだろうな。俺のほうはこの……名前の板が飛び出してるヌイグルミを見つけたんだけど、この人が実際にいるかどうか村で聞いてみようかと思って」
「うーん、名前を言ってはいけないって言われてるんだし、いきなり俺達が名前を知ってたら警戒されちゃわないかなぁ」
「あ、それもそうか……」
「みんなで話し合ってみて、それから考えようか」
「そうだな、そうしましょう」
二人で決めて頷く。
それから帰ろうと一歩踏み出したとき、二人分のスマホが通知の音を出す。
チャットのほうだ。
「あれ、アリシアちゃんから?」
透さんが素早く確認し、俺も確認する。
通知内容は「見つけました」だ。
「黒猫を見つけたのかな?」
「多分。ジェシュ……だっけ。アリシアちゃん、どうするんだろうな」
透さんの言葉に返して、歩き出す。
俺がここに来て間もないとはいえ、少し紅子さんが心配だ。
勿論、詩子ちゃんを信用していないわけではないが、万が一というものがある。あの紅子さんでさえ怯えるような神。50年以上無事だったとはいえ、そいつが詩子ちゃんに手出しできないとは限らないのだ。
さく、さく、と歩みを進めるうちに段々と歩くペースが早くなっていく。
そして、俺は祠のところで白い影と話し込む紅い姿を見つけると、自然と駆け出していた。
「紅子さん!」
「ん? なんだお兄さん、随分と早かったねぇ」
俺に気がついて微笑む彼女に向かって飛び込んでいく。
……というのは途中までただの妄想だ。飛び込んだりなんてしない。そんなことしたら怒られるからな。だから駆け込んで手を握り、無事をあちこち確認するだけにとどめる。
「あのねぇ、アタシは平気だって」
「さては君、私を信用していないだろう。このように、彼女は無事さ」
「ご、ごめん。ついつい、心配で」
「心配してくれるのは、悪い気はしないけれど……小っ恥ずかしいからやめてくれないかな?」
「やだ」
紅子さんが溜め息を吐く。
そこでやっと歩いてきた透さんが合流した。
「本当に仲が良いね。これなら俺も兄として安心だ」
「透お兄さん、あのねぇ」
二人は兄妹ではないし、そもそも血が繋がっていない。が、兄貴分というやつなんだろう。透さんは俺と彼女のやりとりを見ながらうんうんと頷いて笑顔になる。
笑顔なのが逆に怖いのだが……俺、彼に認められてるって思っていいのかなあ。
「それで、ベニコ。なにやら連絡があったのではなかったかい?」
「あ、そうだったねぇ。ありがとう詩子ちゃん。脱線するところだったよ。ほら、お兄さん達も行くよ」
「あ、ああ、そうだな。詩子ちゃん、彼女を見ててくれてありがとう」
「ありがとう、助かったよ」
俺と透さん、二人で礼を言うと詩子ちゃんは儚く微笑んで「なんのなんの。これくらいなら頼ってくれて良い。私も久々に賑やかで楽しいから、また来るといい」なんて返してくれた。
なんていい子なんだ……必ずまた来よう。
「また来るよ」
「……またね」
約束を交わし、手を振って別れる。
それから、俺達は急ぎ足で資料館へと向かったのだった。
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