其の十二「紅白の蝶々」
「やあ、トオル。また会ったね。今度は新顔さんも一緒か。災難だったねぇ。いや、実に災難だ。かわいそうに」
リン、リン、と白い少女がこちらに歩みを向けると鈴のなるような音がした。
よく見てみれば、どうやら右腕に組紐で繋がった鈴の飾りをつけているようだった。それが歩くたびに音を鳴らしているのだろう。
「……あれ? ……私?」
「奇遇だねぇ……どこかで会ったことはあったかな?」
白い少女も同様に、紅子さんを視界に捉えると首を傾げた。
紅子さんもどうやら少女に感じるものがあるらしく、困ったように声を出す。
「驚いた。もしかして君も幽霊かい? 私以外の幽霊なんて初めて見たよ。幽霊同士、シンパシーでも感じてるのかな?」
「アタシは他にも幽霊は知っているけれど、こんな不思議な気持ちになったのは初めてだよ。なんでだろう……?」
「ふうん、そうなんだ。なら私にも分からないね。なんせ、初めて同じ幽霊に会うのだから」
俺も二人は似ていると感じている。
口調こそ近いものがあるかもしれないが、見た目も紅白で対照的。なのになぜ。
目を凝らす。いったいどこが似ているのか、と。
「きゅう」
カバンの中のリンが鳴いた。
急速に集中し、ボヤけたものが俺の目に映る。
俺は紅子さん曰く〝視えすぎる〟らしいから、なにか視えるのではないかと思った試みだった。
力を入れて二人を見比べてみる。
先ほどよりもボンヤリとしたものがハッキリと視えるようになって、そうしてようやく気づいた。
「そうか」
「令一くん、大丈夫?」
「え? あ、大丈夫だよ透さん」
肩を叩かれて集中が切れる。
先程見えていたものは、もう見えなくなっていた。
けれど、俺が二人を似ていると感じた理由は分かった。
「目が……」
「目? 俺の目がどうかしたか?」
「いや、違和感がないならいいけど。リンちゃんみたいになってたから」
ああ、なるほど。
さっきのはリンと無意識に同調していたのか。だから普段視えないものも視ることができたんだな。
目の色が同調して変化するのは赤竜刀を使うときはいつもそうだし、問題はない。
「透さん、神社に行くんじゃ?」
「うん、そうだよね。じゃ、二人とも。後でね」
「おや、奥に行くのかい? なら、不用意に声を出さないように。大丈夫だとは思うが、気づかれないにこしたことはないからね」
「ご忠告ありがとう、詩子ちゃん」
「どういたしまして」
物騒な言葉に引き止めかけた手は、透さんの手によって押さえられる。
「大丈夫だよ」
安心させるような微笑み。
それに俺は頷いて彼を見送った。
「お兄さん、なにが視えたの?」
「あ、気づいてたか」
「まあね。で、アタシ達が似ている理由は分かった?」
「ああ」
俺が二人を似ていると感じたのは当たり前だった。
色こそ違う。雰囲気こそ違う。きっと死因だって違う。性格だって違う。なにもかも対照的で紅白な二人。
なのに似ていると思ったのは……魂の形が似ていたからだ。
「紅子さんは紅い蝶々。そっちの白い子は、真っ白な蝶々。魂の形が似ている……って言えばいいのかな」
「へえ、蝶々ね。たしかに、人それぞれ魂の形というものがあるよ。色が似ていることはあっても、形がそっくりそのまま同じっていうのはなかなかない。蝶々の種類も似ているのかな? 同じ蝶々でも、それぞれ差異があるものだよ」
「まったく一緒だ。だから似ている」
リンのお陰だな。
じゃないと二人が似ている理由なんて気がつくことすらできなかった。
「それにしても……」
紅子さんが顔を伏せる。
「どうした?」
「令一さんの、スケベ」
「えっ」
なぜ。
「だって、魂なんて裸も裸。着飾るものもなんにもないアタシ自身なんだよ? これ以上ないっていうくらい奥の奥まで視られちゃうだなんて……お兄さんのスケベ。しかもアタシだけじゃなくて初対面の彼女にまで……!」
真っ赤、だった。
いや、そこで恥ずかしがるのはなんでだよ!
言われてみればそうなのかもしれないけれど!
心外だ!
というか、いつも蝶々の魂姿で壁をすり抜けたりしてるだろ!
昨夜だってそれで俺のところに夜這いという名のナニカを仕掛けてきただろうが!
……あれ? そういえば、紅子さんって俺にしかアレを見せたことが……ない?
「あ、あのごめん……」
「いいよ……冗談に決まってるでしょうに」
彼女の顔が赤いのは真実なんだよな。
言わないけれど。
「魂なんて無防備な姿……信頼してないと見せたりなんてしないよ」
「そ、そうか」
「君ら、それをやるなら私のいないところでやってくれないかい?」
祠に座りながら呆れ顔で言う白い幽霊に、俺達は互いにハッとして距離をとった。いつもより距離が近いままにやり取りしていたため、互いに顔が赤い……のだと思う。
「馬に蹴られてしまいたくはないけれど、君らは一応私を訪ねに来たんだろう?」
「そうです、ごめんなさい」
「あー、えっと、そういうことで、アタシは幽霊なんだけれど……」
紅子さんは気を取り直すように咳払いをする。
彼女の顔は赤いままだったが、俺も素知らぬふりをしながら白い少女に向き合う。
なんだこれ、なんだこれ。さっきのやり取りからずっと、いつもの紅子さんらしくなくて緊張する。いや、これが本来あるべき姿なんだと思えば良いことなんだけれど、こんなに素直だと調子が狂うというか、いつもと違った顔を見れて直視できないというか……。
「キミは、この奥の神社の神様とやらがどんな神様なのかは知っているかな」
「ああ、知っているよ。確かおしら様って呼ばれているやつだろう。実際に見ると蜘蛛みたいな見た目の気持ち悪い神様なんだけれど、あれの予知とやらは本物らしくてね。年に一度とか、外から人が来たときだとかによく獲物を探して舌舐めずりしているのさ」
蜘蛛。
神様なのに?
いや、確かおしら神って馬か女、それか養蚕の神なんだから蚕とか、あとは伝承で馬に恋した女が殺されて蝶々になったとか、そういうやつじゃないのか? なのに蜘蛛?
そのイメージの違いから疑問が次々と浮かんでくるが、今は保留だ。
話は最後まで聞いて考えるべきだよな。
「その神様が幽霊を標的にしたことってあるかな」
「ない。それは私がここにいることが証明だけれど……もしかして君、声が聞こえたのかい?」
「村の外で、なんだけれど」
「そりゃあ、おかしいね。あの神様はこの村でしか猛威を振るえないはずだ。注連縄で囲まれたこの村の中でしか……」
「そ、それに紅子さんは名前を全部この村では言ってないぞ。バスの中でだってそうだ。なのになぜか狙われている。これって前例のないことなのか?」
俺が問えば、少女は剣呑な顔をして「今まではなかったことだ」と言う。
なにもかもが前例のないことだったということだ。
なにか……なにか狙われた理由があると踏んでいたんだが、少女にも分からないのでは手がかりはないに等しい。
「俺、レーイチ。また来てもいいか? 俺は紅子さんを失いたくないんだ」
「アタシはベニコ。一応こう言ってくれているわけだし、アタシも魂を取られちゃったらおしまいだからねぇ。調べ物をしているから、たまに話を聞きにくるかもしれない」
「私と似ているという君。まあ、君に罪はない。大人は嫌いだけれど、君達は華野を蔑ろにしなかった。だからある程度の協力はしよう。なにか話があれば遠慮なくここへ来るといい。それから私のほうも、思い出せることがあれば伝えよう。それと、私のことは詩子と呼べばいい」
「ありがとう、詩子ちゃん」
「ちゃん……? まあいいだろう」
協力は確約できた。
今は自己紹介に留めておいて、透さんを追って神社に行ってみるか?
……いや、神社ってつまり敵の本拠地だよな。紅子さんを連れて行くわけにはいかないだろ。かと言って、本当に詩子ちゃんが味方なのかどうかも分からない。
ここに置いて行くわけにはいかないが……。
「紅子さんは詩子ちゃんと一緒に待っていてくれないか?」
「……お兄さん」
「おや、こう言ってはなんだが……そう簡単に私を信頼していいのかい?」
愉快そうに詩子ちゃんが言った。
「華野ちゃんのことを話してる君は優しい目をしてる。あれは……守る立場の目だろう。俺はそう見えた。そんな人が、〝俺が守ろうとしている女の子〟を危険に晒すわけがない」
言い切ると、真っ白な幽霊は痛快そうに笑った。
「んふふ、そうかい、そうかい。なら預かってやろうではないか。この数十年、狙われた試しのない私ならばこの子を隠してやることもできるだろう。安心して行ってきたまえ、レーイチ」
「ありがとう」
「お兄さん……なんか、雰囲気変わった」
「紅子さんのためなら、いくらでも俺は変われるよ」
「そう……恥ずかしげもなくよくそんなこと言えるねぇ。まったく、いってらっしゃい。迎えに来るのを待ってるよ」
「言うなよ。恥ずかしくなるだろ、いってきます」
気前よく許してくれた彼女に紅子さんを預け、手を振る。
紅子さんはどこか複雑そうな顔をしながら、白い少女の隣で同じく手を振った。
後ろ髪を引かれるような思いをしつつ、俺は森の奥へ進んでいく。
大丈夫、きっと大丈夫。俺の勘を信じろ。
あの詩子という少女なら――大丈夫だ。
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