図書館司書さんはオカルトマニア

「あ、紅子さん! 久しぶり、元気してた? えっと、君にこういうのは失礼にならないんだっけ」


 一見真面目で堅物そうな顔が、ふにゃりと笑顔に歪む。


 これが本当の破顔というやつだろうか。今までの人生の中で十分学んできたと思っていたが、どうやら俺が知っている〝破顔〟は本物の三割にも満たなかったらしい。仏頂面やポーカーフェイスのほうがよほどお似合いだと思った彼のギャップには、それほどの衝撃があった。


「久しぶり、とおるお兄さん。ご覧の通り、アタシは〝活き活き〟としているよ?」


 言外に、既に死んだ身である紅子さんのことを彼は問うた。

 そしてそれに紅子さんが頬づえをついたまま軽く手を振って答える。

 問題ない。そういうことだろうな。周りの客に聞かれても不振に思われない程度の会話だった。


「ごめんね、待たせて」

「いや? 大丈夫だよ。透さんもほら、座って座って。まだバスの時間も問題ないし、軽食でも摂っていくといいよ」

「うん、ありがとう」

「待って。俺のときと対応が違いすぎないか? 紅子さん」


 俺には代金をふっかけようとしていたくせになんて人だ。


「令一お兄さんは特別かな」


 どんなことを言われようと、文句をつけてやると思っていた俺はしかし、見事に撃沈した。


「えっと、タマゴサンド単品で……飲み物は水でいいです」

「あ、あたし紅茶のおかわりをいただきたいです」

「そうだね、アタシも追加でストレートティー」

「俺は……」


 お菓子作りに没頭してほとんど寝てないんだよな。

 眠気覚ましにコーヒーでも飲むか。


「アイスコーヒーで」


 注文を取っていた女性が席を離れる。手持ち無沙汰な時間ができたので、ここで自己紹介タイムだ。


「俺は下土井しもどい令一れいいちです。紅子さんとは一年くらいの付き合いで……」

「ちょっとお兄さん」


 呆れ顔の紅子さんを見て正気に戻る。

 待て待て待て。なんで俺はこんな牽制もどきをしているんだ。この人は紅子さんにとっては兄みたいなもので他意はないって言ってたじゃないか。

 〝何年付き合ってます〟なんて言いかたで様子見だなんて……いや、そもそもあの人のほうが付き合いが長いって分かってるのに俺はなに言っているんだ。


「うん?どうしたの?」

「あ、ああ、なんでもないです」


 彼には気づかれてない……? なら好都合だし、そのまま自己紹介の続きをするか。危うく黒歴史が誕生するところだったな。

 多分、紅子さんにはバレバレなんだろうけれど。


「ええと、今は23歳で……非常に不本意ですが、邪神の、小間使いやらされてます」

「うんうん、噂はかねがね。紅子さんがよく電話で話してくれるから会えて嬉しいな。俺は古矢ふるやとおる。よろしく、下土井くん」

「え、電話で話って……一体なにを聞かされてるんです? 俺の情けない話でもしてるんですか?」


 彼女だったらやりかねない。

 方々で貶されてるかと思うと悲しくなるが……いや、さすがにそんなことはしないか。なんだかんだ、紅子さんも性格が悪いわけではないし。


「きみとペアで事件を解決した、とか。きみが危なっかしくて離れられない、とか。こないだなんて、紅子さんのために一人ででっかい化け物に立ち向かったとか、そういうお話を聞かせてくれるんだよ。俺はオカルトな話を聞くのが好きだからね。昔は彼女の体験した話とかが多かったけれど、最近はもっぱらきみのことばかりで……」

「透さん、そこまで」

「うん」

「まあ、キミの失敗談を面白おかしく語ると楽しんでくれるものだからね。ついつい話しちゃうんだよ」


 誤魔化したな。

 そうかそうか、なるほどね。ふうん。


「なにその顔」

「別に? よろしく、古矢さん」

「俺は25ではあるけど、きみとは仲良くしたいし、いろんな話も聴きたいし、令一くんって呼んでいいかな?」

「いいですよ。なら、俺も透さんって呼びます」

「んー、じゃあ敬語もなしでどうかな?」

「……分かった。透さんもそれでいいよな」

「うん、よろしく」


 よく考えれば同性で、人間の友達ができるのはこの生活が始まって以来初めてだぞ……快挙だ。天を仰いで俺は顔を覆った。感動で前が見えない。

 秘色ひそくさんのときも勿論嬉しかったが、この喜びはまさに別格だ。


「あたしはアリシア・ルイス。お姉ちゃんがあっちの住民になっちゃったから、お姉ちゃんを守るために色々学んでるところですね」

「ああ、こないだからお手伝いしてくれるレイシーちゃんの妹さん? よろしくね」

「よろしくお願いします! 古矢さん」


 アリシアとは顔見知りじゃなかったようだが、透さんはレイシーのことは知っていたみたいだな。


「自己紹介、する必要はないと思うけれどね。アタシは赤座紅子。キミらを引き合わせることができて喜ばしいよ」


 そう言って紅子さんは自己紹介の締めを行う。

 それからは軽食を摂りながらの雑談が始まった。


「透さんって司書なんだよな。字乗あざのりさんのところでバイトしてるって聞いたけど、どんなことしてるんだ? 俺も結構あそこに行くんだけど、透さんとはいつも会えなくて」

「ああ、俺も令一くんのことは聞いてたんだけどね。バイトに行くのも休日の合間にとかだから、なかなか会えなかったよ。内容は、字乗さんの指定する本を探したり、整理整頓したり、そんな感じだよ。たまに魔道書みたいのが混じっててびっくりするけど」


 一般人になんてもの見せてるんだあの付喪神。


「そ、そうなんだな。怖くなったりはしないのか?」

「初めて見たときに多少はね。でも、それよりも好奇心が勝っちゃって……もっと読みたいってなっているうちに時間が過ぎて行っちゃったりして、たまにバイト時間いっぱい本を読んでるときもあるんだよね」


 わあ、これは筋金入りのオカルトマニアだ。


「え、あたしがそんなことしたら怒られるんですけど」

「アリシアちゃんはまだ早いってことじゃないかな」

「えっ、古矢さんもパンピーのはずじゃないですか」

「うーん、手厳しい。でも字乗さんのことだし、アリシアちゃんも頼めば教えてくれると思うんだけどな」

「あたし、向いてないって言われてるんですよ。魔法や魔術の適性はないって」


 ああ、一応お願いはしたことがあるんだな。

 でもレイシーは魔法を教わってるだろ。姉妹で得意不得意が真逆なのか? 


「紅子さんや桜子さんを参考にしろってことは、体を動かす方が向いてるってことだもんな」

「ええ、でも武器もないのにどうしろって言うんでしょうね」


 紅子さんも、桜子さんも武器ははっきりしてるもんなあ。

 学べと言っても今のままじゃやりたくてもできないだろう。


 カランコロン。


 再び店の鈴が鳴り、なんとなく音の出所に目を向ける。


「お、いたいた。アリシア!」


 一瞬、自分の目を疑った。

 店に入ってきたのは、完全に私服のペティさんだったのだ。


「え、ペティさん? なんであんたがここにいるんです? 呼ばれてないはずですよね」


 アリシアの辛辣な歓迎を受けてもペティさんは笑顔のままこちらにやってくる。


「今日の俺様は郵便配達員だ。ほれほれ、よもぎのやつからアリシアにプレゼントだ。間に合って良かったぜ」

「あたしにプレゼント? 嫌がらせですか?」


 嫌そうな顔をしながらアリシアが小包を受け取る。


「開けてみろよ」

「分かりました」


 渋々ながらにアリシアが小包を開ける。

 中には手のひら大の十字架が収まっていた。クロスしている部分には宝石かなにかを嵌めるような窪みが空いているが、中身はない。装飾品としては未完成もいいところだ。


「これは、なんですか?」

「お前の武器だよ」

「え?」


 アリシアは勿論、俺まで目を白黒とさせてしまった。

 どう見ても十字架なんだが。


「グリップはお前の手に合わせてオーダーされてるぜ。こっちの窪みはお前の努力次第だ。使い方は、ここを押すだけ」


 ペティさんが十字架の裏部分を押すと、なんと十字架がナイフになった。

 確かに、アリシアは〝アリス〟になっている間ナイフを扱っていた。


「あたしの手に合わせてって……うわあ、ぴったり。どういうことですかこれ怖い」

「こないださ、よもぎのやつが握手を求めてきただろ? あのときにお前の手のサイズを測ったんだよ」

「ええ、怖いんですけど……」


 ああ、足売り婆のときか。

 しかし、握手だけで手のサイズを測るとかあの付喪神すごいな。恐怖さえ感じる。しかもぴったりときた。


「製作者は赤い竜の旦那だ。赤竜刀以来の武器作りで楽しかったってよ」

「アルフォードさんが作ったなら安心だな」


 ん、ということはなにか宿っていたりするのか? 


「ねえペティさん。こちらの窪みはアリシアちゃん次第っていうのはどういうことなのかな? なにか秘密があるの?」


 ワクワクとした顔で透さんが言った。

 真面目そうな人がこうして好奇心の塊のようなことをしているとギャップがあるな。


「アリシアは人間だ。一人で行動するのは向いてないんだよな。だから、〝友達〟を作れ。仲良くなったりだとか、契約を交わした奴らから力を借りろ。その窪みはそのためのものなんだと。力ある奴らは自分の力を結晶にすることができるからな」


 それはつまり、召喚術みたいなことをしろってことか? 

 なんだかよりファンタジーな感じになってきたな。

 アリシアも目を白黒とさせてその話を聴いている。


「えっと、じゃあ紅子お姉さんとか……?」

「アタシはやりかたなんて知らないよ」


 紅子さんも困惑している。

 幽霊が力の結晶化なんてできるのか疑問だが、紅子さんだとできてしまいそうなのがなあ。


「ベニコは根本的に無理だな」

「ええっ、なんでですか! 頼りは紅子お姉さんしかいないのに!」

「頼りにしてくれるのは嬉しいけれど……ペティさん。なんでか教えてもらっても? アタシが幽霊だから?」

「いんや、お前の性格が問題なんだよ」

「これほど性格も器量もいい女を捕まえてなにを言うのかな」


 軽口を叩く紅子さんにペティさんが真面目に答える。


「ほんの一部でも、自分が損なわれる。奪われる。そんなの嫌だろ?」

「……参ったねぇ」


 紅子さんは〝奪われる〟ことが嫌いだ。

 アリシアを助けたくとも、無意識のうちにそう思っていたら上手くいかない。

 そういうことなのだと、ペティさんは言った。


「だからさ、アリシア。頑張れよ。いろんな経験をして、そんでお前が〝ほしい〟と思ったやつを、信頼できると思ったやつを勧誘するんだな。それまではただの相性抜群なナイフだ。精々お姉ちゃんのために努力しろよ。じゃあな」


 ペティさんはそう言って、沈んだ様子のアリシアを置いて去っていった。


「あたしに、できますかね」

「ごめんね、アリシアちゃん」

「いえ、紅子お姉さんが嫌なら仕方ないですし、お姉ちゃんのために努力するのは当たり前のことです。その、これからもよろしくお願いします」


 しおらしく、けれど決意を秘めた目でアリシアは言い切った。

 努力は〝当たり前〟のことだと。

 これなら、きっとこの先も大丈夫だろう。


「うん、俺も、みんなも相談に乗るからさ。なにかあったら一人で抱え込まないで相談してほしいな」


 慈しむように透さんがアリシアに声をかける。

 そしてちゃっかりと「みんなで電話番号とメッセージ用のIDを交換しておこうね」と連絡先を手に入れている。

 これから向かうのはオカルト案件の疑惑がある場所だし、連絡を取り合うのに必要だろうな。堅実だ。



「さて、もうすぐバスの時間だよ。お勘定は俺がやるから、先に行っててね」


 透さんの一言で俺達は店から引き上げる。


「え、でも」

「いいからいいから。俺が一番遅かったんだから払うよ。そのかわり、なにか不思議なことがあったら真っ先に俺に教えてね?」


 茶目っ気たっぷりにそんなことを言われてしまっては、納得するしかないじゃないか。

 そうして、俺達はようやく山奥の村へ向かい始めたのだった。


 村の名前は『神中じんちゅう村』

 秘湯のある、桜の隠れた名所なのだという――

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