エピローグ「紅いちゃんちゃんこの少女」
意識が浮上していく。
俺がベッドから飛び起きると、大量の汗をかいていることが分かった。服が張り付いて気持ち悪い。
「おはようできてよかったね」
そんな言葉にぞくりと背筋を撫でられたように感じて、声が聞こえてきた方を向くと、奴が呑気にソファに座ってコーヒーを啜っている。
分かってて放置していたのか、こいつは。
「あーあ、お前に所有印をつけてもいいのは私だけなのに」
所有印と言っても男女のあれやそれじゃなくて、こいつの場合は〝 傷 〟のことだけどな。
奴がなぞるように触ってきた頬が痛む。しかし、すぐさまその手を打ち払い、顔を洗いに行くことにした。
手をさすりながら嬉しそうにしている奴は無視をする。最近では少々の反抗はスパイスだとか言っておしおきはされないし、いつものことだ。
「夢じゃ…… ない?」
洗面所で鏡に映ったのは、頬に刻まれたバッテン印。
血は止まっているが、どう見ても鋭く細いなにかで傷つけられた跡だ。
痛みながらも顔を洗い、適当に着替えて部屋に戻る。
そのタイミングで、玄関チャイムが鳴り響いた。
「おっと、いいタイミングだな」
着替え終わった後でよかった。
「はーい」
一応使用人としての体裁を整えてから玄関を開ける。
しかし、そこにいた人物を見て俺は息を詰まらせた。
「お久しぶりです、下土井さん。どうやら部下が迷惑をかけたようでして」
「……」
そこにいたのは制服を着たさとり妖怪、鈴里さんと……
「ほら、自己紹介なさい」
「……
昨夜散々からかってくれた紅子さんがそこにいた。それも、鈴里さんと同じブレザーの制服を着て。
首には包帯が巻いてある。どうやら血は流れていないようだが、傷口を隠すためのものだろうか。
「どういうことだ?」
俺が困惑して言うと、紅子さんが前に出て言う。
「アタシの遊びって無差別なんだよ。まさか、キミみたいなのが引っかかるとは思ってなくてね…… 前はうまく行ったんだけど、さすがに七番目サマにバレちゃった」
「改めまして、学校の七不思議が七番目…… 〝 おしらせさん 〟を兼任しているさとり妖怪の鈴里しらべです。〝 一番 〟の悪戯をどうか許してやってください」
別に死んだわけじゃないし、多少からかわれたりしたが気にしてはいない。なぜわざわざ謝りになんて来たんだ?
しかし、そんな疑問は彼女達の言葉で打ち切られる。
「じゃ、お兄さん。また道端であったらよろしくね」
「これで私も失礼します」
結局、最後までなぜ謝られたのかは分からなかった。
だけれど、一つだけ分かったことがある。
「…… この街、人外多すぎないか?」
今更な感想は誰にも聞かれることなく、空気に溶けていった。
◇
俺は運命と出会った。
ありきたりな言葉でしか言い表せないが、彼女とは出会うべくして出会ったのだと思う。
ともかく、俺の日常が劇的に変化したのはこのあと。彼女と出会ってから変化していく。
奪われた日常が戻ってくる。言葉が通じて、友達として振舞ってくれるヒトがいる。それだけで俺は救われたのだ。
とある夏の、暑い、暑い八月八日の朝。
その日、俺は赤いちゃんちゃんこの少女と行き逢った――。
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