其の二「オカルト研究部の高校生達」

「あ、やっと来た! おーい鎮ちゃーん! って、あれ?」

「お前なにやってんだよ……」

「え、だ、誰ですかこの人達!」


 崖上まで来ると、先程の声の主らしい三人組が近寄ってくる。

 最初に、大きく手を振って元気に声をあげる女性が鞄についたゾンビ犬のぬいぐるみを揺らしながらやって来て、俺達に気がつくと疑問符を浮かべた。

 次の呆れた声は金髪に染めてピアスまでしている不良っぽい男だ。廃墟探索なんてするようなノリではなさそうだけど、オカルト好きなのだろうか。

 最後に臆病そうな男。一番身長が高い割に細くて白い。その割に女性の近くを陣取ろうとしていたり、むっつりなのかもしれない。


「崖から落ちた時に助けてくれたんだ。この通り捻挫してしまったけど、多分湿布を貼って一日もすれば歩けるようになるだろう。この二人は目的も同じみたいだし、寄り道はここまでにして宿へ向かおう」


 青凪さんの言い方から察するに、彼女はこのグループのリーダーらしい。オカルト関係のグループか部活だろうか。不良がいるのが謎だけど。


「神内千夜と申します。短い間ですが、よろしくお願いしますね」

「俺は下土井令一です。よろしく」

「私はさっき自己紹介したけれど……青凪あおなぎしずめと言う。特技は怪異譚を集めることと、動物の鳴き真似、かな。お化け屋敷で好評なんだよ」


 ああ、いるよな。クラスに一人は無駄に鳴き真似が得意な奴。

 彼女がそうだと言うのは少し以外だったが、オカルトサークルなら怖がらせるための手法として手を出すのも、まあおかしくはないのかな。


「さて、次はがいから行こうか」

「は? 僕から?」


 青凪さんに指定され、金髪の不良が嫌そうに言った。


黄菜崎きなさきがい。鎮に無理矢理部活に入れさせられた哀れな不良だぜ」


 彼はヤケクソ気味に自嘲してから 「次は孝一な」 と臆病な男の肩に手をポンと置いた。


「あっと、紫堂しどう孝一こういちです……」

「孝ちゃんそんなんじゃあ聞こえないよ! あ、あたしは緑川みどりかわるい。趣味はスプラッター映画とキモカワがいっぱい出るパニックホラー映画を見ることだよ!」


 ばばん! とゾンビ犬のぬいぐるみを手に掲げた元気っ子が自己紹介を終える。

 それを待ってから青凪さんが 「終わったかい? なら、行こうか」 と先導を始め、俺達は何事もなく旅館に到着した。


 草木がぼうぼうと生い茂り、宿の外壁には平気でツタが張り巡らされ、所々へこんでいたり罅が入っていたりと地震でもあれば一発で崩れそうな場所だ。

 お世辞にも綺麗な宿とはとても言えそうにない。むしろボロくていくら安くてもあまり泊まりたくない。そんな〝 旅館 〟という言葉を使うのもはばかられる雰囲気だった。


「え、こ、ここに入るんですか……」


 臆病そうな男、紫堂が目を泳がせながら言った。


「うん、なかなかいい雰囲気だな。オカルトの匂いがするぞ」

「鎮、まーたそんなこと言ってるのかよ」

「だって涯! オカルトこそロマンだ! そうは思わないか!?」

「へいへい」

「あたしはキモカワが見られればそれでー」


 興奮した様子の青凪さんをたしなめるのは黄菜崎君だ。

 不良がオカルトの好きな彼女と一緒にいるのが不思議だったが、慣れたその様子にどうやら昔からの仲なのかもしれないと思い至る。

 幼馴染とかだろうか。


「いらっしゃい。予約していたグループ様だねぇ…… あれ、二人増えたのかい?」

「いえ、私達は予約していません。このグループとは偶然そこで知り合ったのです」


 宿内に入り、四座よつざと名乗る主人に案内されて宿泊する部屋を決めることになったが、ちょうど六人であり、部屋は五つ。

 女性陣がペアで泊まろうかと申し出てくれたのだが、すぐさま 「私達は予約客じゃありませんし、皆さんはどうぞシングルでお部屋をとってください」 ともっともらしいことをのたまった奴により、俺は旅行先でもこいつから逃れられないことが決定した。


「さすがホラースポットだね。見たまえよ、これ」


 そう言って青凪さんが指差したのは画用紙かなにかに鉛筆でガリガリと書いたのであろう手書きのポスターだ。


 おきまりの警戒色で囲まれたその字は清書もされず、頑張って擦れば消えてしまいそうだ。消しゴムを持っていたら尚のこと。

 まるで 『スズメバチに注意!』 というようなありふれた注意書きだというのにその内容とポスターの外装のせいで異様さが際立っているようだ。


「おお! これが噂のなんだね!」

「へ、へぇー…… これが緑川さんが楽しみにしてたやつなんだね?」


 緑川さんはその異様な文字群だけが踊るポスターを見つめて興奮し、それに続いた紫堂君は無理をするように引きつった笑みを浮かべ、彼女に質問する。

 臆病なわりにオカルトグループにいるのは、もしかしたら彼女が目的なのかもしれない。だが、グロテスクな物が平気な彼女相手に、彼は果たして耐えられるのだろうか。付き合ったりなんてしたら毎日スプラッター映画をリレーすることになりそうだ。

 だけど、今の所気弱過ぎる彼のことは全く眼中にないようだし余計な心配かもしれないな。


「そう! 首はネギみたいに細くひょろひょろで禿げた頭は玉ねぎ大くらい。嘴は鋭利で細長い。胴体だけがずんぐりむっくりで毛むくじゃら。足は短くって羽音はあんまりしない。細口の花瓶みたいなシルエット! 極め付けに醜いカエルみたいな鳴き声! っくー! 想像するだけで可愛いよね! ね!」


 緑川さんは楽しみにしていたためか、引くくらいにテンションが高い。


「そんなに具体的な情報があるんですね。目撃者でもいるんですか?」


 俺がそう言うと話が長くなるとでも判断したのか、さっさと奴は二人部屋へと引っ込んで行った。荷物は俺が持ったままだが。


「うんにゃ、あくまで噂話の範疇でしかないんだよ下土井さん。まあ、オカルト大好きな私が言うのもなんだけれど大体は尾ひれ胸ビレ…… いや、尾羽鳩胸? がついて独り飛びしてるようなものだろう。創作されたものにせよ、具体的な姿が決まっているとなると楽しみも倍増さ」


 意外だった。

 彼女はオカルト好きな怪しい女子高生だと判断していたけど、どうやら思ったよりも現実主義だったようだ。

 こういう話を聴くと絹狸に説明してもらった、現代における人外のあり方を思い出す。確か昔は信仰心か畏れで、今は認知度の多さで生まれたり強くなったりするのだったか。

 その脳吸い鳥とやらが昔から存在する噂話…… つまり都市伝説のような物なのなら一匹や二匹いても別に可笑しくないわけか。

 そう考えるとこのカエルだらけの山林は一気に不気味なイメージになる。なにせ、噂の脳吸い鳥の声はカエルに似ているみたいだし。


「あー、それよりもよ…… なんか人数が増えて食材が足りないから夕食が作れないらしいぜ。買い出しに行くことになるけどどーする?」


 不良君は 「客にんなことさせんじゃねぇよ」 と文句を言いつつ青凪さんとこちらを見る。決定権はどうやら彼女と俺にあるらしい。


「俺が行きましょうか?」

「ああ、いや…… そうだな、コンビニまでは三十分はかかるし私は行けない…… となると貴方に任せるしかなくなりそうだね。でも、神内って人のお付きなんじゃないのかい?」

「あー……」


 奴はどうせ買い物になんて行かない。


「いや、宿内にいてくれたほうが楽ができるので」

「そうかい? しかし、明日の朝の足りない分まで買わないといけないから荷物が多くなってしまう」

「あー、じゃあこうすりゃあいいだろ? 僕と紫堂がついて行く。そーすれば男手三人。仲良く買い物してくりゃあいいし、女子は先に風呂にでも入ってればいいだろ。一応露天風呂あるらしいぞ、ここ」


 その言葉が決め手だった。


「頼んだよ、涯」

「おんせーん!」

「温泉……」

「おいおい、即答かよ…… あと、一応言っとくけど露天なだけで温泉じゃないし、紫堂は買い物だぞ」


 仲が良くて宜しいことで。

 ああ、帰ってこい俺の青春時代…… あいつが背後で嘲笑っている気がしてならない。考えるのはやめよう。


「風呂は西側に面してるってさ。さっさと堪能して来いよ」

「わーい!」

「ふふふ、楽しみだね」


 女性陣は勢いよくその場から飛び出して行った。


 俺達は男三人寂しく歩きにくい山道を行き来し、重たい荷物を持って地面を踏みしめる。コンビニからの帰りで、少しだけ打ち解けて来た頃だった。

 ゲッ、ゲッ、と相変わらず鳴くカエルに居心地の悪さを感じながら早歩きになっていく。

 そして、最後尾で俺達よりも軽い荷物を持っていた紫堂君が悲鳴をあげた。


「ッヒィ!」


 パキッと、朝ご飯になるはずだった卵の割れる不吉な音がする。


「おまっ、なにやってんだよ!」


 尻もちをついて上を見上げる彼は震えながら指を指し示す。

 しかし、いくらその方向を見ても木々と暗くなってきた空があるだけで異常は感じられない。


「の、のの脳吸い鳥だよ! 本当だって! いたんだよ! く、嘴が真っ赤で、首だけひょろ長くて胴が丸々太ってる!」

「それ、お前のことじゃねーの?」

「ふざけてるわけじゃないよ!」


 相当に憤慨し、尚且つ怯えている。

 このままでは埒があかないので早めに帰ることになった。卵は予備の分も買っておいて本当によかった。買いに戻らなくて済む。

 彼は宿に帰ってからもしきりに脳吸い鳥の存在を訴えていたが、それを切って捨てた青凪さんによって一旦落ち着かせるために部屋へ戻された。緑川さんは残念そうにしていたが、廃墟探索は明日の昼と夜、二回決行するらしい。

 宿の主人が自分のついでに作ったような、ひどく家庭的なカレーを食べてそれぞれが部屋に戻る。


「脳吸い鳥は見れた?」

「いいや? 俺は見てないです」

「そう、相変わらず運がいいね」

「は、はあ? でも見たらしい紫堂君はなんともなかったみたいですけど」

「ふーん、どの辺で見たの?」


 なんで奴はこんなにも質問を重ねてくるんだろう。


「ちょうど西側の、廃墟周辺…… か?」


 確か紫堂君が悲鳴をあげる前はどこに廃墟があるとかをあの不良君に教えて貰ったんだ。


「そう」


 それきり、奴はごろんときっちり窓側のベッドを取って寝る態勢に入っている。

 物騒な名前なのだからきっと本物も物騒なのだろう。奴も心配、しているのだろうか。こんな奴が。

 なんとなく奴に見捨てられることはないんだろう、と信用してしまっている自分に舌打ちを一つ打って不貞寝することにした。気持ち悪い。俺も、奴も。


 本当、気持ち悪い。


 ◆


 朝は激しいノックの音で目が覚めた。


「朝からごめんなさい! 緊急事態なんです! 助けてください!」


 そこにいたのは緑川さんだった。

 説明を求めても早く来てくれと腕を掴まれ、引っ張られていくだけでなにも話してはくれない。


「だって唐突にあんなこと言ったって信じてくれないもん!」

「い、いやなにがあったか分からないと心の準備が」

「紫堂孝一の部屋、ですか」


 いつの間にか目の前には紫堂君の部屋。

 無遠慮にも扉を開ける神内の後に、押し込まれるように部屋の中へ入ると俯いた黄菜崎君と、耳から血を流している紫堂君を抱え、歯を食い縛る青凪さんの姿があった。しかしその表情の細かいところまでは見えない。


「なにが、あった、んですか……」


 俺は掠れた声しか出せなかった。


「私は応急処置の心得を持っているが、なにをやっても、どんなに声をかけても反応はないし、瞳孔が開いているように思える…… 耳から血を流しているから不注意の事故かとも思ったがその痕跡はない。つまり……」


 瞳孔が開いている? それってつまり、死んでいるってことか? 

 嘘だろう? そんな、また旅館で事件に巻き込まれるだなんて。


「脳吸い鳥、だよ! 脳吸い鳥がいるんだ! だって鎮ちゃん軽すぎるって言ってたもん! 脳って重いんでしょ!? だからだからだから!?」

「ひとまず、宿のご主人を呼びましょう」


 奴が行動指針を与えて来なかったら俺達は永遠にこの場で硬直していたかもしれない。それくらい、ショックだったのだ。


 ゲッゲッゲッ

 ギッギッギッ

 ゲッゲッゲッ

 ギャッギッギッ


 早朝、外では嘲笑うようにカエルの大合唱・・・・・・・が響き渡っていた。

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