あなたと初めて踊る夜は(3)
ドレスや服を揃えて支度をした三人は、パーティの開始に間に合うよう移動した。
開始三十分前にも関わらず、既に入り口には綺麗に着飾った女性や、スーツをきっちり着ている男性の姿があった。
パーティ名は何やら大層な名前が書かれているが、どうみても若者たちの飲みの場にしか見えない。
「このパーティは安いお金で美味しいものが食べられる会だって、密かに有名らしいよ。普通に生活していたら、食べられないようなご馳走がたくさんでてくるんだって」
ロカセナはにこりと笑みを浮かべて、リディスとフリートに顔を向けた。
「それじゃあ、ここからは別行動で。僕は勝手に動くからね。お二人はせいぜい目立って、皆の意識を引き付けてくれよ。では」
そう言って、銀髪の青年は颯爽と歩いて、受付に行ってしまった。途中ですれ違った女性たちが彼を見ると、彼に釘付けのまま寄っていく。そして頬を赤らめながら話しかけていた。だが彼は手を挙げて、やんわりと断っていた。非常に手慣れた雰囲気だ。
「彼って、もてていたんだっけ?」
「ああ。あの顔に、あの表向きの性格だろう。結構人気があったぞ」
「たしかに騙されるわね。私もどきってしたの、一度や二度でもないし」
「は……?」
「いや、昔の話だから」
フリートの疑問に対し、リディスはさらっと受け流した。
二人でしばらくその場で立っていたが、人が増えていくのを見て、我に戻った。
視線を合わせずに、フリートが手を伸ばしてくる。
「ここで突っ立っていても何も始まらない。覚悟を決めていくぞ」
リディスは頷いて、手を取った。
「わかった。行きましょう」
受付を済ましてパーティ会場に入ると、多くの若い女性や男性たちが集まっていた。皆、グラスを片手に談笑している。脇にある机の上には、皿を覆うようにして銀色の蓋が閉じられていた。
リディスはざっと全体を見渡してから、フリートと一緒に部屋の端に移動しようとした。
「お嬢様、上着をお預かりしましょうか?」
突然話しかけられて、リディスはびくっとして振り返る。スーツを着て、白い手袋をはめた青年が手を差し出していた。彼の視線がリディスの上着に向いている。夜風が冷えるため、上着を羽織っていたのだ。
このまま着ていたいが、会場にいる女性たちが上着を羽織っていないのを見て、仕方なく上着を脱いだ。
後ろから息をのむ音が聞こえる。フリートはリディスの後ろに移動した。
リディスが着ていた淡い緑色のドレスは、正面こそシンプルな形だが、背中は大きく開いている代物である。金色の髪は後ろでまとめ上げられているため、背中はほぼ丸見えの状態だった。
人々の視線がリディスの背中に向けられていると思うと、急に気恥ずかしくなる。
「とても素敵ですね、お嬢様。貴女様の美しさが引き立つようなドレスです」
男性にすらすらと誉め言葉を並べられる。隣にいたフリートはさらにリディスに寄り、かけていた眼鏡の頭に触れて軽く上下させると、わざとらしく咳をした。
青年は笑みを浮かべたまま一歩下がり、頭を下げて去っていった。リディスは足早に壁近くに移動する。
「お前、そんなに大股で歩くな。せっかく綺麗な服を着ているんだから、それなりの動きをしろよ」
「余計なお世話よ!」
ちらりと背後を見ると、眼鏡をかけたフリートが追ってきた。眼鏡をかけていると、いつもよりも知的に見える。資産家の息子にも見えそうだ。スーツ姿も思った以上に様になっていた。
彼の愛用の緋色の魔宝珠は、ネクタイをする場所に落ち着いている。リディスも自分の若草色の魔宝珠は、右腕に腕輪として付けていた。おおっぴらに武器を持ち込めない場所では、魔宝珠だけが頼りだ。
リディスは壁に寄ると、背中をそちらに向けた。これで背中は誰にも見られることはない。上着を預けたのは、やはり失敗だった。
一息吐いたリディスに対し、フリートはそっとグラスを差し出してきた。案内人からもらってきた飲み物のようだ。それを両手で受け取り喉に通すと、思わず咳込んでしまった。アルコールの度数が高すぎる。
同様のことを思ったのか、軽く飲んだフリートも眉間にしわを寄せていた。
「水でももらうか?」
「大丈夫、飲まなければ……」
これは会場に来た人たちの喉を潤すための飲み物のはずだ。喉が焼かれるようなものを出すなど、会の主催者は何を考えているのだろうか。
リディスはグラスを机の上に置いて、呼吸を整えた。
視線を前に向けると、壇上に男の人がのっていた。三十過ぎだろうか、微笑が印象的な男である。彼が前にでると、ざわめいていた人たちが静かになった。会場には参加者だけで二十人くらいいるようだ。
「――皆様、本日は大樹を囲む会が主催する交流パーティにお越しいただき、誠にありがとうございます。会の詳細についてはまず個別に行いますので、それまで皆様は美味しい食事でお腹を満たしてください。では乾杯いたしましょう」
参加者に次々とグラスが渡される。リディスはアルコールが入っていないジュースを要求して、グラスを受け取った。これ以上喉を傷めつけらるのは回避したい。
男性は皆がグラスを受け取ったのを確認して、グラスを高々と掲げた。
「本日はおおいに楽しみましょう。乾杯!」
参加者も乾杯と言い、グラスをぶつけ合ってから中身を飲んだ。リディスも飲むが、すぐに口を離す。喉に刺激物が当たったのだ。
「どうした?」
フリートはアルコール入りの飲料をグラスの半分くらいまで飲んでいた。彼の表情も浮かない顔をしている。不審がられないよう、無理して飲んでいるらしい。
リディスは首を横に振って、無理に笑顔を取り繕った。
「大丈夫。ほら、食事でもしましょう。とても美味しいものがたくさん並んでいるわ」
主催者側が銀色の蓋を開けると、色鮮やかな料理がでてきた。肉料理から珍味を使った料理まで、一等級品の料理がずらっと並んでいた。それを若者たちは手早く皿の上に盛りつけていった。
二人も彼らに倣って皿に乗せていく。並べられた料理の種類を見て、貴族社会で生きたことがある二人でさえ、息をのんでいた。かなり豪華な会食級の料理である。いったい誰が会食費を負担しているのだろうか。背後に金を持っている人間がいるのは間違いないだろう。
野菜や肉など、万遍なくとってから壁際に寄る。そして早速食事に手をつけた。
見た目通り、とても美味しい。ただ香辛料か何かが少し強い気がする。微かであるが、味がおかしかった。
「お前は本当にいい人に料理を作ってもらっていたんだな」
フリートは半分くらい食べたところで、手を休めていた。リディスにいたっては四分の一というところか。
「どうして?」
「舌がきちんとできている。敏感っていうのか? 昔からバランスのいい食事をとってないと、そういう舌にはならないって聞いた。俺も悪い方ではないな。屋敷にいた時は使用人が栄養に気を付けながら作ってくれたし、食堂通いになってからも様々な種類の食材を使ったものを食べていた」
リディスは温かく、美味しい食事をいつも作ってくれた女性を思い出す。とても大事な母親代わりだった。
「そうね……。食事には特に気を使ってくれた。高級な食材は使わないけれど、凝った物をいつも丁寧に作ってくれた。……私もいつかあんな風な料理が作りたいな」
無理して笑うと、フリートも笑い返してくれた。今は感傷に浸っている場合ではない。作戦の遂行中だ。気丈に振る舞わなくては。食べられそうなのを選んで、再び口の中に含んでいった。
「そこのお二人さん、少々よろしいですか?」
二人で話をしながら食べていると、黒スーツを着た男性が寄ってきた。眼鏡をかけた、にこにこしている青年である。参加者ではなく、主催している側の人間だ。リディスは内心気を引き締めて微笑んだ。
「ええ、大丈夫ですよ。何のご用でしょうか?」
「――お二人はレーラズの樹の加護について、どうお思いですか?」
気持ちのいいくらい真っ直ぐな問いだった。リディスは思案した後に口を開く。
「……それはどういう意味でしょうか」
「私たちはアスガルム領民が独占的に加護を受けていると思っています」
「傍に領民たちがいるからですか?」
「そうです。私たちが近づこうとした際、追い払われてしまいました」
それは本当だろうか。大樹に触れることは難しいが、近づくことは基本的に誰でもできる。アスガルム領民も大樹を傷つけようとしなければ、何もしないはずだ。何か勘違いをしているのかもしれない。
相手を注視しながら、リディスは男の話を聞いた。
「おそらく領民たちは自分たちの加護が弱まるのを恐れて、こちら側に加護を与えたくなかったのでしょう。それは他の領民から見れば加護の独り占めです。そんなことあっていいのでしょうか?」
青年は自分に酔っているかのように、流暢に言葉を述べていく。
リディスは声を大にして否定したかったが、フリートが視線だけで制してきた。手を握りしめて、口をぎゅっと閉じる。
「私たち、『大樹を囲む会』はそうとは思いません。――どうすればいいかと考えた結果、あることを思いつきました。加護を均等に分けるために、樹を分解すればいいと。大樹を切って挿し木をしましょう。葉や枝を個人で持って、加護を直に得ましょう。そうすれば半島全体に加護が平等に行き渡るとは思いませんか?」
挿し木をした樹が育つかどうか、そして葉や枝、幹などが細かく切られた大樹が、加護を失わずに成長できるかどうか――。
非常に繊細なレーラズの樹が耐えきれるはずがない。
それらの言葉をすべて飲み込んで、リディスは握っていた手を緩めた。
「――加護は平等に受けるべきだと思います。ある人物が一方的に受けるなど、身勝手すぎると思います」
そう言うと、青年は口元に笑みを浮かべた。彼はちらりとフリートを見る。フリートはリディスの言葉に従って、軽く頷いた。
「お二人とは仲良くできそうです。是非ともあとで詳しいお話を聞いてもらいましょう」
青年はにこにこした表情でリディスたちから離ると、他の人に話しかけに行った。
彼が他の人と話し始めたのを見て、リディスはどっと疲れが出てきた。近くにあった机に手を添える。フリートが軽く肩に手を添えてきた。
「無理するなと言わないが、あまり極端な行動をしていると怪しまれるぞ」
「わかっている。ちょっと動悸が激しくなっただけよ」
しっかり呼吸をして、少しでも心を落ち着かせようとする。
思い込みというのはとても恐ろしい。冷静に考えれば不可能ということを、できると思い込んでいる。
大樹に害を為すものが近づけば、周囲にいる精霊たちによって道が塞がれるため、近づけないはずだ。
それにも気付かず大樹の傍に行けば、近くにいるアスガルム領民たちと対立し、果ては血を流す事態に発展する恐れがある。そうならないよう、ここで会の動きを止めなければならない。
心の中で決心していると、再び先ほどの男が壇上にのぼっていた。彼の後ろには楽器を持った人間たちが並んでいる。
「さて皆さん、お腹が満たされたところで、軽く踊りましょう。どうぞ音楽にのって、自由に踊ってください!」
リディスは眉をひそめて、フリートのことを見た。
「どういう意味?」
「そのまんまの意味じゃねぇか? 兄貴が時々出ているパーティでも、会食後は交流を深めるために踊っているって言ったぜ」
「本当?」
「お前、そういう経験ないのか? 一応お嬢さんだろ」
「ある会食を境にして、他の町の会食に連れていってもらえなくなったのよ」
「……その会食の時に、男に言い寄られなかったか?」
リディスは頷くと、フリートに溜息を吐かれた。
十七歳の頃か、やけにしつこく言い寄ってくる資産家の男が少々目障りだった。あまりに近くに寄ってくるので、さっと避けると彼が勝手に転んでしまったのだ。それを見たオルテガはおおいに慌てていた記憶がある。
「オルテガさん、こいつを育てるの、相当気を使ったんだろうな……」
「どういう意味?」
「何でもない」
さらりとフリートに流される。怪訝な表情をしていると、弦楽器を持っている三人組が音色を出し始めているのが、耳に入った。開始直後は音を外したが、その後はどうにか聞くに耐えられる演奏が続いた。それにあわせて人々は踊り出す。
再度見合うと、二人は視線を逸らした。
「踊りなんてしたくねぇよ」
「私だって。そんなのほとんどしたことない……」
リディスはフリートから離れて机の上の飲み物をとった。すると見知らぬ青年に背後をとられる。
「お姉さん、お一人?」
耳元にかかる息が酒臭い。かなり酔っぱらっている。その男にそっと腕を触れられた。途端に鳥肌が立つ。
「一人なら俺と一緒に踊ろうぜ。俺が手取り足取りリードしてやるからよ」
「け……結構です!」
「ああ!?」
男に腕をきつく掴まれる。思わず体を縮こまらせると、後ろから男の低い声が聞こえてきた。
「俺の連れだ。これから俺と踊るから、どいてくれないか?」
男の中でも背が高めの人物に見下ろされた青年は、ぺこぺこと頭を下げながら去っていった。
リディスは捕まれた部分を軽くさすった。少し赤くなっている。
災難に遭い、肩をすくめていると、フリートが前に来て、右手を差し出してきた。軽く頭を下げている。
「……俺と踊っていただけませんか」
「踊れるの?」
「……多少は。音楽に合わせて、適当に体を動かせば、どうにかなるはずだ。動きを止めているよりは、誤魔化せる」
「それもそうね」
そう言ってフリートの手を取った。
そして彼は右手をリディスの背中に回し、こちらの右手を自分の左手で握ると、軽く引っ張ってきた。その影響で、前につんのめる状態になる。
「ちょっ、引っ張らないでよ!」
背伸びをしたリディスは不満げな声を漏らす。
「ああ、悪かった」
一度手を離してから、再度手を取って引っ張った。
「お願いだから、そんなに引っ張らないで!」
「いや、こうでもしないと、格好がつかないだろう!」
「だからって、私に辛い態勢をとれっていうの?」
「しょうがねぇだろう! お前が小さいのが悪いんだよ!」
「なっ……!」
虚をつかれたリディスは目を剥いて言い返した。
「貴方が大きいのがいけないんでしょ! 身長差があっても、きちんとリードくらいしなさいよ、男なんだから!」
「わかったから、少しは黙っていろ!」
フリートが腕を折ることで、どうにかリディスとの腕の長さを調整した。そこそこ格好が付いたところで、左右にゆっくりと動く。言い合いになった時はこちらに注目している人間もいたが、今では誰もが自分の踊りに夢中になっていた。
その隙にリディスとフリートは周囲に視線を走らせる。関係者の中で妙な動きをしている者はいないか確認していく。彼らは踊りを見ていたり、自らも踊っていたり、隣の者とお喋りをしていた。
その中で一組だけ、声をひそめて話している人たちがいた。その男たちの様子を目で追っていると、やがて彼らは外に出て行ってしまった。彼らの後をロカセナが追っていることを願って、リディスはフリートに右手を預けながら、その場で軽く一回りした。
音楽が一区切りつくと、拍手が鳴り響いた。主催者側が激しく手を叩いている。踊っていた者たちもつられて拍手をし始めていた。
それがやむと、またしてもあの司会者らしき青年が出てきた。酔い潰れてぐったりしている参加者を一瞥しつつ、彼は口を開いた。
「さて、これから会について詳しくお話をしたいと思います。ご興味を持った方は、係りの者について行って下さい」
リディスはごくりと唾を飲み込んだ。今までのは前座、これからが本番である。
手を握りしめていると、フリートが触れてきた。触れられているだけで、どことなく安心することができた。
「行くぞ」
「ええ」
先ほど話をしてきた青年が、ちらりとリディスたちを見る。そして彼が手を上げると、その周囲に人々は集まっていった。それに従って二人も移動する。
皆の移動が終わると、案内人の男が廊下に出て歩きだした。男の後について行ったのは、参加者の半分弱である八人だ。
リディスたちは集団の後ろを歩いていた。一番後ろには別の案内人の男たちがついている。まるで連行でもされているような印象を受けた。
進んでいくと、地下に続く道が見えてきた。跳ね上げ式の扉のようで、今は開いているがいつでも閉じられるようになっている。その扉の先にある階段を降りていく。地下通路の壁は木ではなく、石でできたものだった。どことなく肌寒い。腕を手でこすりながら進んだ。
ふと後ろにいた青年にコップを差し出された。目を瞬かせて振り返ると、彼はにこりと笑っていた。
「寒いのでしょう、飲むと温かくなりますよ?」
「私、お酒は苦手なんです。すぐに体調を崩すので」
「これはお酒ではありません。薬草からとった薬に近い飲み物です。きっとお口に合いますよ」
「は、はあ……」
なかなか断ることができず、嫌々ながらも受け取った。そして鼻を近づける。匂いはきつくない。これなら多少飲んでも大丈夫かもしれない。
隣で心配そうな表情をしているフリートに向かって軽く微笑を浮かべてから、液体を喉に通した。
瞬間、目を見開く。喉に激痛が走る。痛すぎて声すら出せない。
フリートが声をかけてくるが、その声に応える前にリディスの意識は飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます