あなたと初めて踊る夜は(2)

 * * *



 道中の休憩をそこそこにし、馬を早足で進めていたため、ミスガルム領で最も栄えている港町――ラルカ町に四日ほどで到着した。昼も半ばであり、まだまだ行動できる時間帯である。とりあえず宿をとって、今後の方針を練ることにした。

 フリートは町の入り口で何件か宿の名前を聞きだし、そこから吟味して、ある宿に連れて行った。中程度の大きさの通りにある綺麗な宿だ。近くには服飾店もある。ロカセナは宿に入る前に、目を細めてその店を見た。

「あそこ、安くはない店だね。知っている店?」

「昔、城下町でリディスの服を買った店の、店主と知り合いのところだ。行ったことはないが、名前を出せば多少安くしてくれるだろう」

「ちなみに手持ちのお金はどれくらい?」

「隊長から必要経費って言われて、ある程度もらっている。馬鹿みたいに派手で高いのを買わなければ大丈夫だろう」

「わかった。せっかくだから可愛いのを着させようね」

 ロカセナがにやりと笑みを浮かべて見てくる。その視線を感じてぞっとしたリディスは視線を逸らした。

 パーティに参加するのだから、ドレスが必要なのはわかっている。だが派手にする必要など、何一つない。

 今回はあくまで潜入調査だ。ロカセナに何を言われようが、動きやすさ重視のドレスを選ぼう。

 宿に入って部屋を二つとると、リディスは男性二人が寝泊まりする部屋に顔を出した。するとロカセナは一枚の紙を取り出した。『飲食を共にしながら楽しく交流しよう』と銘打った貼り紙の右下部に、小さな字で『大樹を囲む会』と書かれているものだ。

「宿の掲示板の端に貼ってあったものだよ。ちょっと拝借してきた」

「何日か開催日が書かれているな。だいたい二週間に一度か。次の開催は……明日じゃねぇか」

 フリートは軽く舌打ちをする。思ったよりも時間がない。

「城からなら朝一に出て馬を飛ばせば、夕方にはぎりぎり着くと思う。これから情報を収集して、夕方までに手に入った情報を、伝書鳩を使って報告すればいいんじゃない?」

「そうだな。それなら早速外に行くか」

「……外に出る前に、一つだけ聞いていいかな」

 フリートが立ち上がると、ロカセナが真面目な表情で見てきた。

「なんだ?」

「どうしてリディスちゃんと一緒の部屋にしないの? 僕に遠慮しているなら、別に気にしないでいいんだからね?」

 数瞬の沈黙の後、フリートは激昂することなく、背を向けて歩き出した。

「行くぞ、リディス。馬鹿に構っている暇はない」

「ええ。仕事中なのに何を言っているのかしら」

「二人とも、どうして大人の対応ができるようになっているの!? これじゃあ僕の立場がないじゃないか!」

 ロカセナは慌てて二人の後を追いかけてきた。宿を出て、大通りに向かって並んで歩く二人の背中を彼はじろじろと見てくる。

「付き合いだして二年半もたてば、それなりに落ち着くってことか。昔は二人をからかうのが面白かったな」

「少しはその口を閉じたらどうだ。お前は一人で情報を聞いて回っていろ。そっちの方が動きやすいだろ」

「二人っきりになるつもりなんだね。結局僕はのけ者かい! 二人して酷い!」

 依然として背後で喚いているが、あまり関わらないことにした。その姿を見て、リディスはくすりと笑う。こういう他愛もないやりとりが、どことなく懐かしかった。

 大通りの十字路でロカセナと別れようとした矢先、前方から小さな叫び声が聞こえた。視線を向けると、明るい茶色の髪を二つに結んだ少女が、男に突き飛ばされて膝を地面についている。男の腕の中には彼女のものらしい手提げ鞄が抱えられていた。

 フリートは走ってくる男の前に仁王立ちをして、立ちはだかる。男はナイフを取り出し、彼に突っ込んでいく。周囲から悲鳴に似た声があがった。

 黒髪の青年は表情を変えずに、走ってきた男の懐に流れるように入る。そしてナイフを握っている右腕を左手で押さえつけて、逆の手で男の肩を握った。軽く右腕を捻ると簡単にナイフが地面に落ちる。それを足で後ろに払ってから、足払いをして地面に叩きつけた。

 リディスは駆け寄って、ナイフを取り上げる。フリートは男の腹を地面に付けて、手を背中に回した。

「いてて、やめろ!」

「盗人が黙れ。一度お灸を据えられてこい!」

 ロカセナに渡された縄で、男の両手をしっかり拘束する。騒ぎを聞き付けた町の自警団が現れた時には、男が引き渡せる状態まで準備が整っていた。男の尻を蹴って、身柄を彼らに手渡した。

 地面に落ちた鞄をリディスが叩き、それをフリートに渡すと、彼は両手を握りしめて見ていた少女に持っていった。

「これは貴女のですよね?」

「は、はい。ありがとうございます!」

「馬鹿な奴もいますから、気を付けてください」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」

 少女は深々と頭を下げて、にっこり微笑んだ。フリートも微笑み返す。

 そして彼はリディスとロカセナを連れて、その場から歩き出した。表情が緩んでいる青年の顔を見ると、なぜかイライラしてくる。

「……どうして目立つことをしているのよ。下手に顔が割れたら、後々面倒じゃない」

「だからって見過ごすのか、盗人が逃げていくのを」

 フリートは眉間にしわを寄せて、リディスを見てくる。リディスは手を後ろに回して、視線を逆側に向けた。

「放っておくのはよくないけど……。その……やり方ってものがあるでしょ。大通りのど真ん中で、白昼堂々とやるなんて……」

 気に入らなかった理由はそれだけではない。彼の笑顔が滅多に見せないものだったからだ。

 強くて爽やかな好青年。頑固で怒りやすい青年とは真逆の顔である。

「まったくフリートの馬鹿で鈍感な性格は変わってないね」

 後ろにいたロカセナは溜息を吐きながら、言葉をこぼしていた。



 町で一通り情報を集めてから、魔宝珠で召喚した伝書鳩を飛ばした。確実性は落ちるが、連絡用の手段としてはこれが最も速い。念のために城への輸送便に手紙を乗せてもらったため、連絡が届かないということはないだろう。

 手紙には次のパーティの日時と場所、そして関係者の人数も記すことができた。運よくパーティに行ったことがある女性と出会うことができたのだ。彼女は友達の連れで仕方なく行ったが、友達がそのパーティ内で他の話し相手ができたのを見て、自分はいなくても大丈夫だと思い、早々に抜け出したという。

 関係者は、受付や司会者、案内人などをいれて十人ほど。

 場所は町の端にある屋敷で、数十人程度の人が立食できる部屋が会場らしい。

「パーティ自体、まだ二か月くらいしか行っていないみたい。ただ、人づてで信仰者を増やしているらしいから、思った以上に信仰に染まっている人は多いと思うよ」

 宿の部屋でロカセナはベッドの上に座って、得た情報を言っていく。フリートはベッドの上で胡坐をかき、リディスは椅子に腰をかけて軽く手を口に当てた。

「ねえ、その会を解散させたら、信者たちに対して悪い影響がでるんじゃない?」

「そうなるだろうね。嘘のことでも真実だと思い込まされているから。信じ込んでいる人がその場にいたら、特に厄介だ。乱闘くらいは覚悟した方がいいかもしれない。……まあ事後処理に関しては、隊長を含めた騎士団、あと自警団あたりがどうにかしてくれると思うよ」

 話を振られたフリートは、手帳を広げながら頷いた。

「ああ。この会の問題は何度か会議に挙げられているから、検挙したとなったら団全体で動くはずだ。今の俺たちは捕らえられている人たちの救出に専念しよう」

「ねえ、その屋敷の中に果たしているのかしら。他の場所に連れて行かれたりしているかもよ?」

「その可能性もゼロじゃないけど、たぶん屋敷の地下にいると思うんだよね」

 ロカセナは鞄から古びた地図を取り出した。かなりぼろい。それをベッドの上に置いて、ゆっくり広げた。

「これは骨董品店で手に入れた、過去の町の地図だよ。ここを見て、大きな倉庫があるだろう?」

 ちょうどリディスたちが向かう屋敷のあたりだ。

「ここの倉庫、ワインも大量に扱っていたらしいんだ。ワインって冷えたところで保存するのがいいって言われているだろう。だから地下に穴を掘って、地下室を作っていたらしいんだ。そういう記述が若干残っている。その上に建てた屋敷なら、地下室もあるはずだと思わない?」

 ロカセナの洞察力を垣間見て、リディスは感嘆していた。昔の地図を手に入れて推測するなど、リディスとフリートだけでは思いつかない。

 フリートは手を顎に添える。

「明日の流れとしては、パーティの参加者として中に入って、その合間に地下室への道を探すってところだな」

「あえて自分から虎穴の中に入ってもいいかもね。地下室に連れて行ってもらって、そこで捕らわれている人を見つけだすっていう手もあるよ」

「奴らを捕まえるための物的証拠はどうする?」

「密売もしている集団みたいだから、そのあらを探すのがいいかな。部屋にあった箱の中に麻薬でも入っていれば、一発で落とせるでしょ」

 ロカセナは両手を頭の後ろに回して、体を横に捻る。

「そういうのに関係する隠し扉は僕が探しておくから、そっちは捕まった人たちのことを頼むよ」

「……お前、そんな特技あったのか」

「どうせありきたりな南京錠だろう。フリートもこつさえ掴めば開けられるよ。……生きていくためにはね、いろいろな技術を駆使しなければならないんだよ」

 最後に大きく伸びをしてから、ロカセナは元に戻って地図を畳み始めた。

 地図を鞄にしまおうとすると、彼はあっと声を漏らして、長方形の箱を鞄から取り出した。にやけた表情でフリートに差し出してくる。

「フリート、明日はこれを使うといいよ。絶対に似合うから!」

「そういう顔をしたお前から受け取りたくねえよ。どうせろくでもないもんだろう」

「顔が割れているかもしれないって心配していたのを、払拭できる物だよ。絶対に使ってね」

 ロカセナはフリートの手に押し付ける。彼は仕方なく受け取り中を開こうとしたが、手でやんわりと遮られた。

「明日行く前に開けてね」

 含み笑いを浮かべるロカセナの顔は生き生きとしていた。



 * * *



 リディスとフリートは、あえて会員に入るよう進められる方向で動くことにした。それが最も確実に奥深くまで行けるやり方だからだ。

 それゆえパーティで着るドレス選びは、最終的にはロカセナに押し切られてしまった。

 彼の言い分としては、地味なものより目立つものを着た方が、相手に気を引かせやすい。だからこのドレスが一番いいというものだった。

 そのドレスを見たときは、リディスだけでなく、フリートも顔をひきつらせていた。

「それ、リディスが着るのか? 他の男に別の意味で目を付けられたら、どうするつもりだ!」

「そこを護ってあげるのが、恋人ってものでしょう。よろしく頼むよ」

 肩をぽんっと叩いて、ロカセナは他の装飾品を物色し始めた。

 今回はやけにロカセナに強引に進められている。彼に対して反論すれば、二言目にはそれくらいするべきだという発言。

 少しからかったツケがきたのかもしれない。改めて彼との言葉の応酬には敵う気がしなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る