番外編6 似た者同士のお見合い
似た者同士のお見合い(上)
「ねえ、兄さん、ちょっと言っていいかな」
「なんだい、スレイヤ。邪魔なら出て行くよ。フェル君との新婚生活だもんね」
「それは別にいいわよ。兄さん、部屋に引っ込んだらなかなか出てこない人だから、いてもいなくても変わらないから」
ソファーに座っていた眼鏡をかけた青年は、カップを机の上に置いて顔を上げた。彼の前には同じ亜麻色の長い髪を一本に結っている女性が、腰に手を当てて立っていた。
彼女は兄と視線が合うと、口元に笑みを浮かべる。そして女性が描かれた五枚の絵を差し出してきた。
「どの人が好み?」
「……はい?」
「好みの女性はどれ? もう一枚の紙に性格が書いてあるから、そっちから判断してもいいわよ」
スレイヤに紙を押しつけられたルーズニルは、絵と文章を上下に並べて、五人の女性を見比べた。
「どれも素敵な女性だね。僕も知っている方のご令嬢もいるじゃないか。この人たちがどうしたんだい?」
スレイヤはルーズニルの横に座って、にこにこしていた。
「いいから選んで。そしたら話す」
ルーズニルはじっくり五人の顔を見ながら、性格にも目を通した。スレイヤのように明るく活発的な女性もいいが、お淑やかな女性もいい。
悩んだ末に、筆写師であり、駆け出しの知識人の大人しそうな女性の絵を手に取り、他を膝の上に置いた。それをスレイヤが横から取る。
「ネレさんね。私もこの人かなって思ったの。わかった、連絡しておくから、明後日は空けておいて」
「明後日はヴォル様と会う予定が……」
「ヴォル様には日にちを変えてもらうよう、私から言っておく。兄さんの一生がかかっているから」
「一生……?」
スレイヤは兄の肩に手を乗せて、笑みを浮かべた顔を近づけてきた。
「お見合いするわよ、兄さん」
「へ……?」
いつもにこにこして振る舞い、周囲をとりまとめていた青年は、このときばかりは顔を固まらせていた。そして妹が肩を叩きながら立ち上がると、お腹が大きい彼女の背に向かって叫んでいた。
「どういうことだ、スレイヤ!」
ドラシル半島にレーラズの樹が復活し、ヨトンルム領内で行われている移動教室も軌道に乗り始めた頃、ルーズニルは二十八歳になっていた。
世間的には二十代半ばで結婚する人が多いため、三十歳を目前に迫ったルーズニルが結婚していないのは、やや珍しかった。
「だって兄さんの周りで女性の気配が感じられないんだもの。リディスはフリート君がいたから対象じゃないってわかっていたし、もしかしたらメリッグさんといい感じなのかなと思っていたけど、トルに捕られちゃうし。五人で旅をしていて、何もなかったのは兄さんだけなんて、妹として情けなく感じるわ……」
「いや、彼女たちとはそういう関係になるために、旅をしたわけではなくて……」
「でもいつも一緒にいたら、少しは特別な感情を抱くでしょ。トルから奪うくらいの勇気があれば、また事情は変わったんでしょうけど。メリッグさんを止めもせず、むしろ二人の旅を笑顔で送り出したって聞いた時は頭を抱えたわ」
「だからメリッグさんに対して、そういう感情は持ったことはないって。不安定な女性だなって思っていたけど、トルがうまく支えてくれたことで、今の彼女になってよかったなって思っているんだ」
「兄さん、もっと押しが強ければよかったのに……。とりあえず先方と話を付けておくね。私の顔を立てると思って会ってちょうだい」
玄関に行くと、ちょうど彼女の夫フェルが買い出しから戻ってきたところだった。彼女が外に出ようとしたのを見て、血相を変えてくる。
「おい、どこ行く気だ! もういつ生まれてもおかしくないんだぞ!?」
大きなお腹に手を添えたスレイヤはにっこり微笑む。
「ご近所さんよ。すぐに戻ってくるから」
横を通り過ぎると、フェルは買い物かごをルーズニルに押しつけて、彼女に駆け寄った。
「俺が行くから、無理しないでくれ!」
「別に大丈夫よ。少しくらい刺激を与えないと生まれないから、いい運動だと思って行かせて」
「だからってな……」
フェルはぶつぶつと言いながら、結局スレイヤと一緒に行ってしまった。
ルーズニルは買い物かごを抱えた状態で、ぽつりと呟いた。
「フェルはいいお父さんになりそうだな。親馬鹿にならないよう、助言だけはしておこう」
* * *
スレイヤに言われたとおり、ルーズニルは見合いの話が出た翌々日、ヴォルと会う予定を延期されて、妹と一緒に、とある喫茶店に出向いていた。
四人で座れる机に案内してもらう。さすがにまだ先方は来ていない。こちらが明らかに早すぎた。
スレイヤはルーズニルを見ると、ネクタイに手を添えて緩んでいたのを引っ張ってきた。意図的に少し緩ませておいたのに、この仕打ちは辛い。
「お前は僕の母さんか……」
「そうよ。そう思ってもらって結構!」
出かける前、スレイヤに髪を整えさせられ、いつもより小綺麗なジャケットを羽織らされた。
本当は髪を切りたかったらしいが、それはやんわり断っておいた。不器用なスレイヤに切られたら、ぼさぼさになるのは目に見えている。せめてフェルにお願いしたい。器用な彼ならまだ信用できる。
村を離れることが多かったため、切る機会を逃して伸ばしていたが、時々は彼に頼んで切ってもらってもいいかもしれない。
「兄さん、知識馬鹿さえ除けばいい人間なんだから、そこは隠してお見合いに挑んでよ」
「隠していても、いつかはボロが出ると思うけど」
「何でも言い合える仲になった時に言えばいいのよ。私とフェルを見てみなさい。取っ組み合いだってするわ」
「いや、君たちの親しさは次元が違うから」
数年間、二人を含む三人で半島内を旅して回っていた。それだけ長く一緒にいて苦楽を共にしていれば、遠慮なく言い合える仲になる。しかもスレイヤは並の女性よりも非常に勝ち気。喧嘩になれば背負い投げすらしてくる女性だ。そんな女性そうそういない。
同じ血を引いているのに、どうしてこうも性格が違う兄妹ができてしまったのだろうか。今一度、天国にいる両親たちにどういう子育てをしたのか問いかけたい。
二人で話をしていると、眼鏡をかけたふくよかな女性と、ワンピースを着た若い女性が現れた。黒髪をハーフアップで結っている、お淑やかそうな女性だ。
「あら、スレイヤさんにルーズニルさん、お待たせしたみたいですね」
二人は立ち上がる。ふくよかな女性に向かってスレイヤは首を横に振った。
「いえいえ、予定通りのお時間ですよ。こちらが勝手に早く来ただけですから、気になさらないでください。どうぞ席にお座りくださいませ」
二人が座ると、立っていたこちら側も席に着いた。ルーズニルの目の前には黒髪の女性が腰をかけている。
スレイヤは店員に向かって飲み物の注文を済ますと、早速話を切りだした。
「今日はお忙しい中、来てくださりありがとうございます。私はスレイヤ・コールド、こちらは兄のルーズニル・ヴァフスです。本日はどうぞよろしくお願いします」
彼女にあわせて頭を下げる。
そして母親と思われる女性は若い女性を手で示した。
「こちらこそ今日はよろしくお願いします。こちらが私の娘のネレ・イルミナです。人見知りする子で、あまり話は得意ではないので、どうぞ気軽に話しかけてください」
ネレは頭を下げると、ルーズニルに微笑を浮かべた。穏やかな笑みであった。
少しの間、スレイヤと母親が中心となって世間話をし、軽く話をこちらに投げてから、二人は席を立って店から出ていった。スレイヤが腰をさすりながら出て行ったのを見て、少し申し訳なくなった。
ルーズニルは両手でカップを持って、紅茶を飲んでいる女性をちらりと見る。話が得意ではないと言ったのは正しく、こちらから話を振られなければ、黙り込んでいた。緊張しているのかもしれない。年長者として、男として、少しでも彼女の緊張を解(ほぐ)さなければ。
「ネレさん、料理が趣味と伺いましたが、どんな料理をお作りになるのですか?」
あまりに無難すぎる質問だとスレイヤに突っ込まれそうだが、それはあえて無視した。ルーズニルも手探り状態なのだ。
「料理……ですか?」
「はい。自分、仕事の関係で各地を回っており、色々な食文化を見てきたため、食には興味がありまして」
答えやすそうな質問をしたが、ネレは俯いて考え込んでしまった。もしかして返しにくい質問だっただろうか。
慌てて次の質問を考えようとすると、彼女はぼそりと呟いた。
「……新鮮な肉を使った料理でしょうか」
「新鮮……?」
ネレは左手を顎に添える。
「野菜も肉も魚も、新鮮なものが一番です。新鮮なお肉は特にいいですね」
「ネレさんって、食肉関係のお仕事でしたっけ?」
ルーズニルの記憶に間違いがなければ、彼女の仕事は両親の畑仕事を手伝いつつ、本を書き写している筆写師のはずだ。
「知り合いの取材の手伝いで、食肉に関して調べたことがあるんです。そのとき生肉と出会いまして。そこで頂いたお肉が、とても美味しかったです」
目を輝かせて言う姿を見て、ルーズニルはにこやかに相づちをうった。
同時に頭の中で軽く首を傾げる。話をするのは苦手だと言っていたが、今、流暢に喋っていた。しかも目を爛々と輝かしている。もしかして彼女は……。
ルーズニルは一つ抱いた考えを明確化させるために、肉に関する質問を次々と投げていった。それを彼女は楽しそうに返していく。内容に関しては生々しい部分もあり、お代わりの飲み物を持ってきた店員が眉をひそませたほどだった。
ルーズニルには許容範囲だったため、特に気分が害することは無かった。これでも戦場の端であの死闘を見届けた者だ。血の話題が飛び出ても、動じることはない。
喋り続けていたネレが一息ついたところで、次に話しやすそうな質問をしてみた。
「お仕事はどうですか? 筆者師というのは、とても大変な職だと伺っています」
話し合いの資料を量産したり、本を複写するために、筆写師は馬車馬のごとく働かされると言われている。その負担を軽減するために、ミスガルム王国では印刷技術を編み出しているらしいが、実用化までの道のりは遠いようだ。
ネレは首を横に振って、魔宝珠を埋め込んでいるネックレスをルーズニルの前に出した。
「大変ですが、これさえあれば何でもできると思っています」
彼女が魔宝珠を握りしめると、一本の羽ペンが出てきた。それをルーズニルは手渡される。思った以上に軽くてびっくりした。しかも握ってみると、とても握りやすい。市販で売られているものとは、手にかかる負荷がまったく違っていた。
「私をこの道に引き入れてくれた人に色々と助言を受けて、召喚したものなんです。そのせいか召喚物を確定させるのが遅くなっちゃいました。……ルーズニルさんの召喚物は何ですか? 学者さんだと、やっぱり辞書とかですか? 持ち歩きに不便ですから」
ネレが質問をしてきた。これは初めてのことだ。これは彼女との距離が多少縮まっていると解釈していいのかもしれない。
ルーズニルはポケットから小さな袋を取り出した。そこから灰茶色の魔宝珠を出す。
「自分のは蹴りや殴るのに適した小手とブーツです」
「格闘をやられるんですか?」
「護身術程度ですよ」
「今のお仕事とは関係ないことですよね?」
「そうでもありませんよ」
魔宝珠をつまみ上げて、それをくるくると回した。光の当たり方によって、石の輝き方が違う。
「もともと村の外に出て、調べ物をしたいと思っていました。ただ結界が張られていない地域に行くには、力がなければできません。モンスターで溢れていた世の中でしたからね、自分の身は自分で護らなければなりませんでした。父にも力はつけておけと言われていたので、このような召喚物にしたんですよ」
「関係ないと言ってしまい、すみません。そんなことまで考えていたとは知らず……」
ネレが申し訳なさそうに俯いている。ルーズニルは穏やかな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「召喚物を何にしたかという理由については、その人でなければわからないものです。私とネレさんは会ったばかりではないですか。それにも関わらず知っていたら、貴女に予知能力があるのではないかと、疑ってしまいそうですよ。これから知っていけばいいと思います」
顔を上げたネレと視線が合う。彼女は目を丸くしていたが、やがて大きく頷いた。
年上を中心に相手をしていたルーズニルには、彼女の無垢な笑顔は新鮮なものだった。
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