似た者同士のお見合い(下)

 ルーズニルとネレは喫茶店でお喋りをした後に、村の中を少し歩くことにした。

 一時期は閉鎖的な空間だったミーミル村だが、今では多くの人が出歩き、笑顔で会話をしている。魔宝樹を巡る死闘時に、全力で村を護ってくれたスレイヤに感謝したい。

「ネレさん、どこか行きたいところはありますか?」

「お店を眺めているだけで充分ですよ。ルーズニルさんこそ、行きたい場所はないのですか?」

「そうですね……」

 ルーズニルはぼんやりと正面にある時計台を見た。村の中心地にある塔より低いが、商店街くらいは一望できる高さの建物である。その方向を指で示すと、ネレは首を縦に振ってくれた。

 時計台まで二人はガラス越しで店の中を見たり、露天に並べられている品々を見ながら進んでいく。可愛らしいアクセサリーにもネレは視線を向けていたが、最も強く惹かれていたのは予想外のものだった。

「これ、珍しい品種のものですよね?」

 ネレがそれに向かって指を伸ばそうとすると、店員が慌てて遮る。彼女がしゃがみ込んでじっくり見ていたのは、食中植物だった。彼女の指に反応した植物は、閉じていた口をうっすら開けていた。

「危ないよ、お嬢さん。これは凶暴な部類に入るやつなんだ。その細い指なんか簡単に噛み切られてしまうよ」

「そんなにすごいんですか? 試してみたいです……!」

 目を輝かせて彼女は再度指を伸ばす。ルーズニルはとっさに落ちていた枝を彼女に持たせた。それを食虫植物に近づけると、がばっと口を開ける。そして勢いよく口を閉じて、小気味のいい音と共に棒を噛み切った。

「す、すごいですね、この植物……。どこで仕入れたんですか?」

 ネレの様子をちらちらと伺いながら、ルーズニルは店員に聞いてみる。彼も彼女の様子を注視していた。

「ヨトンルム領の別の村の交易商人から買ったものだ。その人は半島中の珍しい植物を集めるのが趣味で、この植物は多く取ってしまったから、安く売ってくれると言ったんだ」

「これは見るのには面白いですが、危なすぎですよ。モンスターですら近づきたくない代物です」

 ネレが棒を軽く突き出すと、再び噛みついている。それが何度か続いた結果、棒はほぼ持ち手のみになってしまった。彼女はまだそれを差し出そうとするので、ルーズニルは思わず彼女の手を掴んでいた。

「ネレさん、危ないですよ。指が食いちぎられてしまう」

「大丈夫ですよ」

 目が食中植物にしか向いていない。これはかなりこの植物を気に入ってしまっている。無理矢理遠ざけなければ、彼女の身が危ない。

 ルーズニルは彼女の腰に手を添えると軽々と持ち上げて、食虫植物から離れさせた。

 そして近くにあった色鮮やかな花が咲いている鉢をとった。

「これで我慢してください。いいですね?」

「あ、ありがとうございます」

 ほんのりと赤らめた彼女は可愛らしかった。

 後ろから店員が声をかけるまでは。

「その花の根、毒性が強いから、迂闊に触らないでくださいよ」

 彼女は顔を前に出して、花をじっくりと見始める。ルーズニルはてきぱきと鉢を元の場所に戻して、彼女の手を引いて歩き始めた。


 何気ない商店街であるにも関わらず、ネレと歩くととても刺激的だった。

 喫茶店で会話をした時から薄々察していたが、彼女は変わったものに強い好奇心を抱く傾向がある。

 生肉であれ、食虫植物であれ、普通に生活していれば出会わない変わったもの、特に女子が興味を抱くとは思えないものが気になってしょうがないようだ。

 そのためちょっと変わった物を見つければ、飛びつくかという勢いで迫っていた。

「ネレさんって、何が好きなんですか?」

 打ち解けてきたのだから、そろそろ抽象的な質問でも大丈夫だと思って聞いてみる。彼女は両手の指を軽く合わせた。

「そうですね、綺麗な物が好きです。綺麗な色合いのものとか、美しい景色とか」

 女性らしい回答だ。ただしその具体例は何ですか、とまでは今のルーズニルには聞けなかった。

 時計台の入り口につくと、傍にいた露天商が声をかけてきた。並べられているのは可愛らしいアクセサリー類だ。ルーズニルが軽くそちらに近寄ると、彼女は躊躇いながらもついてきた。

 色鮮やかな石がはめ込まれているものを見て、彼女は目を瞬かせている。そしてある一点のところで目が止まった。ルーズニルはそれを手に取り、彼女の前に持ってきた。

 様々な色の丸い石で作り上げられた腕輪だ。色も爽やかな色から少々暗めの色まで、たくさんの種類でできている。使われている石の中には、珍しい種類の石も含まれているだろう。

「これが気になりましたか?」

「あ、いえ……」

「買わせてください。さきほどお花を買えなかったので、その埋め合わせに」

「ですが……」

「これは僕のわがままみたいなものですから、気にしないでください」

 念を押して言うと、ネレはようやく受け入れてくれたのか、ルーズニルから渡されたそれを受け取った。ルーズニルは値段を見てから、必要な枚数の硬貨を露店主に手渡す。珍しい石を使っている関係で、他の物よりも少々値段は高い。だが魔宝珠ではなかったので、驚くほどの額ではなかった。

 左腕にそれを付けたネレは、ルーズニルに対して深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、ルーズニルさん。大切にしますね」

 ほっこりとするような柔らかな表情だった。

 ネレを伴ってルーズニルは時計台の中に入り、螺旋階段を上り始めた。四階建ての高さである時計台だが、ネレは息を切らさず付いてくる。見た目と違って意外と体力があると知り、少々驚いた。

 やがて二人は一組の男女とすれ違ってから、最上階の踊り場に出た。踊り場の端に移動し、そこにある吹き抜けから外を眺めると、ネレが感嘆の声をあげた。

 夕陽が地平線の向こう側に沈んでいく。それを背景にして村が赤々と照らし出されていた。

 赤く染められた屋根が立ち並び、下の通りを人々が行き交う。上から見ると彼らの姿は小さく見えた。

 背後にある別の吹き抜けに視線を向ければ、この時計台よりも大きな塔がそびえ立っていた。ミーミル村の象徴でもあるその塔の窓には、たくさんの知識人たちの姿が見える。

 さらに視線を凝らすと、緑がかった更地が奥にあった。ある事件の関係で、かつて村の一画は広大な更地となってしまった。だが死闘後、スレイヤを中心として植林を行ったのだ。まだ若木が生えている程度だが、月日がたてば、大樹となって村に緑をもたらしてくれるだろう。

「あの地帯に植林がされたことで、何もなかった時代とは随分と雰囲気が変わった気がします」

「私もそう思います。あそこは見るだけで物寂しく感じましたが、今では心が躍るような感じです」

 ネレは窓の下部に軽く触れて、ルーズニルを見てきた。

「あの時の火事も、そして大樹が戻る前夜も、もう死ぬのかと何度も思いました。でも私は生き残れました。そこで思ったんです。せっかく得た命、もっと自分の欲に振り回されながら生きてもいいんじゃないかって」

「その心がけはいいと思いますよ。僕も自分の興味に向かって、日々走り続けていますから」

 知識を得る時間を捻出するだけでなく、己の知識欲を刺激するために、世界が変わる瞬間をこの目で見たい。

 その想いの先が――死闘の参戦だった。

 結果として家に戻ってから、スレイヤに散々怒られてしまった。

 危険なことに首を突っ込みすぎる。兄さんは人よりも判断能力が速いだけの普通の人間なのだから、無理をしないで欲しかったと。

 唯一の血の繋がりがある人間に対し、苦しい思いをさせてしまい申し訳なくなった。

 そんな彼女が苦労して探し出してくれたたお見合い相手。今まで勉強しか脳がなかった自分でも、きちんと対応できるだろうか。

「――ルーズニルさん、あれは何でしょうか?」

 唐突にネレが指した先を、目を細めて見る。更地の上に生えた若木の中に、黒い小さな物体が動いていた。それは徐々に町の方へと近づいていく。

 黒い物体の延長線上にあったのは、壊れた村を護る壁だった。

「あそこは修繕を後回しにしていたところだ。まさかそこから入り込んでくるとは……!」

 風の女神による結界が万全のものであれば、壁の結界などなくとも、モンスターを跳ね返すことはできる。だが今の風の守り人は、まだスレイヤほど使いこなせていなかった。

 周囲を見るが、誰も気づいてはいない。黒い物体の進む先には、子供たちが話しながら歩いている。これでは彼らに被害が出てしまう。

 ルーズニルは軽くネレを一瞥した。

「すみません、後日ご挨拶はきちんとさせていただきます。今日はありがとうございました。楽しかったです」

「ルーズニルさん、どういうことですか!?」

「――あのモンスターを還しに行きます。それでは」

 窓から身を乗り出したルーズニルは宙に体を浮かせた。小手とブーツを召喚し、風の精霊シルフをまとわせて落下する。そして屋根の上に軽く屈伸をして着地した。モンスターがいる地を見据え、足元に注意しながら屋根の上を軽やかに走り出す。

 屋根に足をつける瞬間、足の裏に風の膜を作ってそこを踏むことで、音を最小限にして進んでいった。道から見上げている人もいたが、たいていの人はルーズニルの顔すら確認できずに見送っているだろう。それほど速さを付けて、ルーズニルは走っていた。

 薄緑色の広場が見えると、ルーズニルは屋根から飛び出して、両足で着地する。ちょうど走ってきた小さな獣型のモンスターと対峙する形となった。それはルーズニルを見ても走るのを止めずに、突進してくる。

 拳を握りしめて、走りながら腕を引く。そしてモンスターと交わるところで、それに向かって思いっきり拳を突き出した。獣の鼻に拳がぶつかる。体に衝撃がかかるが、それは両足で踏ん張った。

 モンスターはルーズニルに跳ね返されて、地面の上をぶつかりながら飛んでった。

 間髪入れずに駆け寄り、至近距離で風の刃を召喚して突き刺した。

「還れ――」

 呟き終わった途端、モンスターは黒い霧となって還っていく。

 それを見つつ、穴が空いている壁に駆け寄った。穴の部分に触れると、予想通り結界の気配はなかった。

 ポケットから結宝珠けつほうじゅの欠片を取り出して、穴の前に一粒置く。するとそこにそよ風が集まった。その風がやみ、軽く手を触れると、静電気のようなものが走る。どうにか簡易の結界は張れたようだ。

 あとで専門の人に結界を張ってもらおうと思いながら立ち上がって振り返ると、後ろにいた人と衝突しそうになった。そこにいた人物を見て、ルーズニルは目を丸くする。

「ネレさん……!」

 息を切らしたネレがすぐ傍にいたのだ。彼女は呼ばれると、はっきりした声で返事をした。

「はい、なんでしょうか、ルーズニルさん」

 頭の中に即座に一つの疑問が生まれる。ルーズニルは風の精霊シルフの力を借りて、全速力に近い速さで駆けた。戦闘自体も、ほとんど時間はかけていない。

 そのような時間しかなかったのに、なぜ彼女はここにいるのだろうか。

「ネレさんは風の精霊の加護を強く受けているのですか?」

「この村の住民が皆持っている程度の加護は受けていますよ」

「では、どうやってここまで来たんですか?」

「ルーズニルさんの後を必死に追ってきただけです。今、モンスターいましたよね。遠目ですけど見ました。やっぱり普通の生き物じゃないですね。雰囲気からして違いますね!」

 モンスターという単語を発する度に、ネレの表情は生き生きとしてくる。珍しいものが好きだとは言っていたが、まさかモンスターまでも気に入っているのだろうか。

「ルーズニルさん、昔、よく旅をしていたって言っていましたよね。つまりモンスターともたくさん遭遇したんですか? それならば是非その時のお話を聞かせてほしいです!」

「……ネレさん、モンスターに関してはそんなに楽しい話はできないですよ。あれらはとても獰猛どうもうな生き物だ。襲われたら、殺されるかもしれない」

「そんなの関係ありません。隣の家のお婆さまもモンスターはとても魅力的で調べがいのある、珍しい生き物だと言っていました!」

 お婆さまという単語を出されて、ルーズニルは瞬時にある一人の女性を思い浮かべた。

 かつてドラシル半島を一人で歩き回り、今は塔で悠々自適に調べ物に没頭している老婆の顔を。

「……もしかして、ネレさんはそのお婆さんからよく話を聞いていたのですか?」

「はい。かつての武勇伝など、とても面白い話をたくさんしてくれました。ヴォル様は本当に幅広い知識をお持ちの方ですよね!」

 知識量が群を抜いて多い老婆。彼女の隠れた呼び名は――『奇妙な物好き女』。多くのことを知っているが、ことさら割合として多いのは、変わった事象や物だった。

 その人から話を聞かされていれば、今の彼女の興味対象が普通の女性と違っているのも納得できる。

 ネレは両手を組んで、ルーズニルのことをじっと見つめてきた。

「ルーズニルさんからも色々とお話を聞きたいです! 今からでもどうですか!?」

 お淑やかで清楚な女性と思っていたが、それは見た目だけだった。

 内面はルーズニル以上に特定の物事に対して興味を抱いている、知識欲が凄い、好奇心旺盛な女性。

 彼女とはやや距離があるが、目はルーズニルを逃すまいと捕らえている。

(もしかして変わった子に目を付けられてしまった……?)

 断りきれないルーズニルは、察した疑念を振り払って微笑みながら頷いた。

 空に流れ星が通り過ぎていく。それを見たネレは嬉しそうに指で示した。




番外編六 了

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