暗闇の中に光を(3)

 皆の士気が高まったところで、ミディスラシールは指を二本立てた。

「では賛同したところで、今後の動きを決めます。これから私たちが取る行動は、大きく分けて二つになります。一つ目は詠唱文が書かれている原本を手に入れて、その中に書かれている古代文字を読み解き、威力を増強するために必要な魔法陣を描くといった下準備をすること。原本がある小屋は、ロカセナや同志たちに場所を聞けばいいでしょう。古代文字の翻訳は――」

「私とルーズニルで行うわ。二人ともそれなりに古代文字に関する知識は持ち合わせていますから」

 メリッグが右手を軽く胸にのせて、首を縦に振る。ミディスラシールは嬉しそうな表情で頷いた。

「ありがとうございます、そう言っていただけると助かります。――下準備については私がします」

 ロカセナの顔が若干歪んだ。騎士たちもあまりいい顔はしていない。傷ついた姫が動くことに賛成していないのだ。彼らの様子を加味してか、彼女は慌てて言葉を付け足した。

「下準備と言っても指示するだけです。結界を強化するために必要な魔法陣の描き方を教えます。座ってでもできることですよ」

 依然として浮かない顔をしているが、姫の背中を押すかのように二人の人間の声が飛び込んできた。

「細かいところは私たちで動きましょう。お姫様の負担はかけさせません。どうですか、騎士団の皆様?」

「皆さん、ミディスラシール姫には決して無理はさせないように注意します。自分、古代文字だけでなく、魔法陣についても多少知識がありますから、姫には確認程度にさせますので」

 メリッグとルーズニルが言葉を発すると、躊躇っていた彼らの表情がやや緩んだ。同意が得られたと踏んだ姫はその勢いのまま続ける。

「二つ目は魔宝樹がある地に行き、リディスと樹をこの大地に戻すこと。ただしこちらの任務はとてつもない危険が伴うものになります。あのモンスターと接触するでしょうし、異空間に踏み入れたことで肉体が維持できなくなる可能性もあります」

 フリートはミディスラシールに向けて歩み寄った。そしてはっきりと言い切る。

「俺はリディスを助けに行きます。一人でも行きます」

 危険な地に行くのは、口に出した時から覚悟したことだ。それを察してか、誰も止める者はいなかった。

 口を一文字にしてミディスラシールを見ていると、自分の隣に誰かが並んだ。銀髪が視界に入る。

「ミディスラシール姫からのお許しが出れば、僕も行かせて頂きます」

 穏やかに微笑みながら主張する、血だらけの青年の服や顔を姫はじっと見ていた。

「僕とフリートなら他の人よりも無事に戻れる可能性が高いと思います。二人とも一度は魔宝樹がある地に足を踏み入れたことがあり、多少耐性があると考えられますので」

「……その体で行くの? どうして私に許しを求めるの?」

「一対一の対決は厳しいですが、援護程度であれば動けますよ。僕はこいつの動きを熟知しているつもりですから、背中くらいは護ってやれます。……許しに関しては僕への処遇の今の決定権は、この場で最も地位の高い貴女様だと思っていますので」

 ミディスラシールは誰にも視線を合わさずに逸らした。数瞬の間を置いて声を振り絞る。

「……罪を重ねず、フリートのことを全力で援護し、再び私の目の前に戻ってきてくれると約束してくれるのなら、その行動を認めましょう。……死ぬ気じゃないわよね?」

「死にませんよ。この大地に樹を戻し、皆が安心する未来を創りだすまでは。――一つ頼みごとがあります」

 ロカセナは軽く頭を下げた。

「申し訳ありませんが、あのモンスターに向けての詠唱は、姫にお願いしたいです。僕では僅かな詠唱でも力尽きるのが目に見えており、迷惑をかけることになりますので……。詠唱する際はお体に負担がかからないよう、他の人から力をもらってください。貴女様ならきっとできますよ。そうすれば無事に乗り切れるでしょう。――封印か還術かは、直前で決めてください」

 目を見開いたミディスラシールは魔宝珠にそっと触れて、深々と頷いた。

「わかったわ。貴方が行おうとしていた役割を引き継ぎましょう。この場では私しかできないことですから。――さて、救出部隊は二人でいいですね。成功するかわからないですし、大勢行ってもいいことはないでしょうから」

 手を挙げようとしたトルを、メリッグが制している。不満そうな表情をしていると「足手まとい」と言われて、項垂れていた。事前にメリッグが止めてくれて、有り難かった。

 トルの申し出は大変嬉しいが、ロカセナと二人だけで行った方が正直言って楽だ。彼なら何も伝えずに安心して背中を預けられる。それに何が起こるかわからない場所に、多人数を連れて行くのは気が引けていたからだ。言ってしまえば、ロカセナすらも連れて行きたくはない。

 フリートは銀髪の青年の横顔を見た。精悍な顔つきをした若者の目には先ほどよりも力が入っている。彼は視線に気づいたのか、怪訝な表情を向けてきた。

「僕の顔に何か付いているか?」

「いや、そういうわけじゃない」

「ならじろじろ見ないでくれるかな。お前に見られても嬉しくない」

「……酷い言いようだな」

 お互いの進む道が分かれる前より言葉に棘がある気がするが、深く考えないことにした。

「ロカセナ、ここに戻ってこられない可能性も高いぞ。それでもいいのか」

 ロカセナは苦笑しながら、前髪を軽くかきあげた。

「僕が状況を甘く見すぎていた結果だ。そのツケは自分で払う。それに何もしなければ捕まって終わりだからね。――姫から了承を得た。僕でよければ力を貸そう。共通の目的である、魔宝樹を戻すために」

 終わりという言葉を気持ち強調しているように聞こえた。城に引き渡されれば、ロカセナの身動きはとれなくなる。いくつもの罪を犯しているため、それは当然のことだった。

 だが今の状況では突破口を開ける一人でもある。建前上の言葉だけで引き渡したくはない。姫はそれも考えて、彼をフリートと共に行動することを認めたのだろう。この地にいるよりも、王の目に触れずに行動できる。

 フリートは握りしめていた鍵に紐をつけ直して、首から下げた。傍にあった魔宝珠が呼応するかのように、お互いに光っている。

 不思議なものだ。自分が贈ったものが、この状況で再び自分の手に戻り、さらには絶望の中にある扉を開くきっかけになるとは。

 あの時はリディスの身を護り、生き続けてくれればいいと思って渡したものだった。今も本来ならば彼女自身のためにも、贈られた者が持っているべきだ。しかし現実はフリートが持っている。これはもう一度彼女に会って、手渡せねばならないだろう。

「よほどリディスはそれを大切にしていたみたいね」

 近づいていたミディスラシールはにっこりと微笑む。

「物に想いは宿るものよ。宝珠に人々が願いを込めたようにね」

 十八歳になる時に渡される、自分だけの物を召喚できる魔宝珠。

 親は子供に対して、いつまでも幸せにいられるよう願いを込めて渡している。それをずっと身に付けていれば自然と愛着を持つようになり、その想いを次の世代にも伝えたいと思うようになるのだ。困難な状況に陥った時思わず触れてしまうのは、少しでもその想いを汲み取りたいからかもしれない。

 ミディスラシールはルーズニルに声をかけると、彼は一つの魔宝珠を取り出した。クラルから受け取った大鷲を召喚する魔宝珠だ。

「さてフリート、どの四大元素の魔宝珠のもとに行くつもり?」

 問いかけられ、フリートは脳内で選択肢を取捨し始めた。

 魔宝樹がある地へ行ける可能性が一番高いのは、土の精霊ノームが宿る土の魔宝珠だろう。土の精霊と多少は意志の疎通ができているからだ。しかしそこに行くには、ロカセナを連れてミスガルム王国内に踏み入れる必要がある。罪を犯し、顔が割れている彼を連れて行きにくい。

 それを考えると、風か水、火の三つから選ぶことになるが……。

「土の魔宝珠にしよう、フリート」

「おい、待てよ、ロカセナ。それだと……」

 口篭もっていると、ロカセナはっきり言い切った。

「お前と一番相性がいいのは土なんだろう。どうしてそこにしようと即答しないんだ。僕のことでも心配しているのか? 一応顔は隠して行くさ。誰かと出会ったら、適当に負傷者だとでも言ってくれ。……そこで殺されたら、そういう運命だったってことだ」

「何かをする前に死ぬなよ。二人であっちの地に行くって言っただろう!」

「最初は一人でも行くって言ったじゃないか。僕はただのついでだろう。まさか怖じ気付いたのか?」

 フリートの頬の筋肉がぴくぴくと動く。心配しているのにその態度は失礼だ。ついかっとなって胸倉を掴もうとしたが、凛とした声がその会話を遮った。

「待ちなさい、二人とも。こんなところで喧嘩しないで。――魔宝珠がある部屋に通じる裏道に連れていくから、そこを通りなさい。そうすればロカセナが見つかる可能性は、限りなくゼロになるわ」

「その裏道の入り口に、見張り番はいないのですか?」

「いないわ。誰も知らない場所だし、私と父しか封印を解けない仕様になっているから。――土の魔宝珠のところに行くわよ、フリート」

 姫からの半命令である。渋々と頷くと、にこりと笑みを浮かべられた。

 ルーズニルはロカセナから印が付いた地図を受け取ると、それを大切にしまって大鷲を召喚した。フリートを以前乗せてくれた鷲のフギンのようだ。

 ロカセナは大鷲を一瞥してから、夜空に浮かぶ雲の先にある月を見据えた。

「時間もないから早く行こう。満月が出ている間にすべてを終わらすべきだ。月は良くも悪くも偉大だからね」

「そうだな。――行こう、あいつを助けに」

 そして大鷲の上に次々と乗り始めた。護衛のスキールニルを含めて四人乗る。若干窮屈だったが、飛ぶのに支障はないだろう。毛の温もりが焦っていた気持ちを和らげてくれた。

 羽根を大きく羽ばたかせながら、一羽の大きな鷲は地面から足を離す。大勢の人に見送られて、フリートたちは目的地であるミスガルム領に向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る