暗闇の中に光を(2)
フリートの呟きを聞いた姫が、まず予言者に問いかけた。
「メリッグさん、私がアルヴィースから予言を聞いた時、鍵を使う者は二人いると聞きました。ですが開くのか閉じるのか、彼はどちらかとは明言していませんでした」
「私も似たような予言をしたわよ、お姫様。扉の開閉の両方だと思い込んでいたけれど、よく考えれば違うかもしれない」
「あの時聞こえた光の声の主は、僕のことを『扉を開ける者』と言っていた。つまり二人の予言を正確に言うと、僕たちは扉を開閉するのではなく、開く者……?」
フリートは起き上がっているロカセナと視線が合う。陰りを見せていた瞳は、少しずつ明るみを帯び始めている。そしてフリートは鍵を前に出して、はっきりと口を開いた。
「戦いは終わっていない。俺が鍵を使って扉を開けるんだ!」
「その鍵はなんだ?」
「俺がリディスにあげたものだ。だが不自然な状態で、この大地に残っていた。もしかしたらこれを使って扉を開けろといっているのかもしれない」
「だが扉はいったいどこにある。消えてしまったぞ?」
ロカセナにもっともな意見を出されたフリートは、ある推論を伝えることにした。
ちらりとミディスラシールに視線を送ってから、ロカセナに返した。
「四大元素の巨大な魔宝珠を通じて、樹がある空間に行けると思う。前にノルエール女王が土の魔宝珠からその空間まで導いてくれたんだ。だから内部にいる人間が呼べば、行けるんじゃないかと思った。――そこで今回注目したのが、リディスが残した鍵だ。あいつは意図的か偶然かはわからないが、自分の力を込めたものを残していった。その証拠に鍵の中に埋め込まれている宝珠が、輝きを放っている。俺があげたのはこんな光は発していない」
フリートが鍵を差し出すと、ロカセナたちはその中にはめ込まれている宝珠をじっくり見る。光を発しているのを見て、誰もが息を飲んでいた。そして皆を見ながら、結論を言い切った。
「これを四大元素の魔宝珠の前で使えば、扉が開き、樹のもとに行けるかもしれない」
「仮に行けたとしても、その後はどうする気だ。どうやって戻ってくる? どうやって樹をこの大地に戻す?」
「あいつが閉じた扉を俺が再び開いて、そこを通じて内側から樹を押し出す」
その言葉を周囲の人々は唖然として聞いていた。無謀なことを言っているのはわかっている。外から連れ出すのが無理なら、押しだそうと考えるのはおかしくないが、対象となる物が大きすぎた。
しかしフリートたちが背中を押せば、意志を持った魔宝樹なら外に飛び出すと思ったのだ。
長年在るべき処になかった魔宝樹であれば、きっと――。
突飛もない発言を一同が吟味している中で、腕を組んでいたトルが眉間にしわを寄せて声をあげた。
「どうやって押し出すかわからねえが、もしそれができたとしてもよ、扉が開くってことは、さっきのモンスターがまた出てくるってことだろ。フリートだって見ただろう、あの強さを! どう対抗するつもりだ!?」
僅かな時間で膨大な被害を及ぼしたラグナレクが再び出てくる。そのような展開になる提案を、先ほどの状況を知っている者たちの誰が乗るだろうか。発言したフリートでさえも思わず口籠ってしまう。
このまま突破口が出てこなければ、魔宝樹は二度とこの大地に戻ることはない。
思いあぐねていると、一人の青年の声が聞こえてきた。
「魔宝樹と精霊たちの力、そして僕たち人間たちの力を合わせれば、封印もしくは還術ができるかもしれない」
言葉を発した人物に、その場にいた人々は一斉に目を向けた。瑠璃色の魔宝珠に触れながら銀髪の青年がフリートのことを見上げてくる。
「僕はあのモンスターの封印を、リディスちゃんと僕の力だけでなく、ヘラとガルザとニルーフ、そしてゼオドアの内に秘めた力を使いながら行うつもりだった。そうすることで封印する確率を上げられると言われているからだ」
「もう少し詳しい話を聞きたい」
ロカセナは頷くと、地面に大きな円と、その円の四方にさらに小さな円を書いた。
「ここは主に四つの領に分かれていて、それぞれの領に固有の精霊が宿っている。姫やメリッグさんのように加護を強く受けている者だけでなく、力がない一般の人でも僅かだが加護は受けているんだ。……中心に要となる鍵とアスガルム領民を、周りにそれぞれの領の出身者であり四大元素の欠片を持つ者を置くことで、力を増幅させることができる。それは個々の力の数十倍、いや数百倍になるはずだ」
「そんなすげえ力が出せるなら、どうしてさっきやらなかったんだよ!」
トルが左手で拳を作り、右手を腕ごと横に大きく広げた。ロカセナは唇を軽く噛んだ。
「詠唱するには時間がかなりかかるんだ。少なくとも一時間は必要。状況によってはそれ以上。そして満月が出ている時でなければ確実性は落ちる。――僕だってやろうと思っていたさ。でもゼオドアが裏切り、準備が不足している状態でラグナレクの封印が解けたから、時間がなかったんだ。でも――」
傷ついた体で立ち上がり、フリートと視線の高さを合わせた。
「今は時間がある、リディスちゃんが作ってくれた貴重な時間が」
「ああ」
消えかかっていた希望の灯火が、再び燃え上がろうとしている。だがひと息吹きかければ消えてしまう、儚い炎だ。それを知ってか、あえて彼女は的確に指摘してきた。
「盛り上がっているところ悪いけれど、ロカセナの言ったことを実行するには二つ問題点があるわよ」
メリッグは切れの長い目を送りながら言葉を挟む。
「一つは四大元素の魔宝珠の欠片が、この場にないということ。今からもう一度集めても、数日はかかるわ。二つ目は詠唱文が貴方の手元にないということ。ロカセナ、どこかに原本でもあるのかしら?」
「僕たちが滞在していた小屋に原本はある。ただ古代文字で書かれているから、それを訳さないと読めない。欠片については……」
ロカセナは徐々に視線を下げていく。先ほど彼は持っていた四つの欠片をリディスに押しつけていた。メリッグの言うとおり、手元にはない。
再度回収するのが、誰もが浮かぶ考えだ。ただ危険度は増すが、フリートとしては他に二つの案があった。
ポケットから茶色の欠片を取り出して、メリッグに見せる。
「俺とトルの欠片は、あの巨大な魔宝珠から直にもらったものだ。メリッグやルーズニルはどうなんだ?」
「……私もそうよ。自分でとったわ。精霊の加護を受けていても、魔宝珠なしでの制御は難しいから」
「僕もだよ。ミーミル村の住民で加護が強い者には、与えられるようになっている」
「つまり今の俺たちの手元にも四大元素の欠片があるっていうことだ。それを使えないか?」
「使えなくないけれど、こちらの準備中に相手が攻撃をしてきた場合、その欠片を使っての攻撃や防御ができなくなるわ。危険すぎる」
「なら欠片ごとリディスを助ければいい。そうすれば余計な手間をかけずに、欠片を手に入れられる」
メリッグはほんの僅かぽかんとする。次の瞬間、くすりと笑った。
「結局はそこに辿り着くのね。まあいいでしょう。その想いで突破口を開けるのなら、それに従うわ。――ねえ、お姫様?」
メリッグは黙り込んでいた姫に話題を振った。一瞬びくりとした彼女の顔色は一時蒼白だったが、赤みが戻り始めている。彼女はフリートに顔を向けて、目を細めた。
「――フリートはリディスを助けられると思っているの?」
「断言はできません。しかし彼女ともう一度出会えるのならば、無理矢理にでも連れて帰ります」
迷い無く言い放つと、ミディスラシールはくすりと笑った。そして重い腰を持ち上げる。ふっきれたその顔からは、絶望の淵に瀕していた表情などどこにもなかった。
「再会したら今度こそあの
唇をそっと人差し指で当てながら言われると、フリートの頬に熱が帯びた。それを見た彼女はふふっと笑った。口を引き締め直すと、その場にいる者たちを見渡す。
「さて、話がまとまり始めたところで、私から思ったことを言わせて頂きます。おそらく今言った内容はなるべく早く行うべきだと思います。怪我を完治させて行った方がこちらの負担は軽いですが、リディスや魔宝樹にはまったくいいことはありませんので」
「どうしてだ?」
首を傾げるトルに視線を向ける。
「扉の向こう側がどのような環境かははっきりわかりませんが、生身の体で長時間いるのは困難な場所だと思うからです。実際、ノルエール女王は精神体だからこそ、二十年間もったと思われます。肉体を持ったリディスが何年も耐えきれるとは思えません。さらに魔宝樹は枯れ始めています。この地に生きた状態で戻すのであれば、早急に事を進める必要があるでしょう」
ミディスラシールはスキールニルに支えられながら、開いた左手を前に差し出した。
「これらを踏まえて事を起こすのであれば、“今”だと私は思っています。不安な点はいくつもあります。リディスや樹がある地に行ける保証はない、行けても戻って来られるかわからない。そして行けたとしても、樹を戻している最中に相手側から妨害される可能性が高い。――それでもフリートは実行するのですか?」
ミディスラシールはフリートを真正面から見てきた。
言葉を発せば、そこに責任が伴う。他人を巻き込むのであれば、その人たちの人生も背負うことになる。今回は半島中の人間の命を預かることになるだろう。
怖くないと言えば嘘になる。
しかし、自分にとってかけがいのない女性を救えるのなら、しないという選択肢は出てこなかった。
踏み出さなければ、何も変わらない――。
それを教えてくれた彼女を助けるために、フリートは一歩踏み出した。
「僅かでも可能性があるのなら、俺はやりたい。――だから力を貸して欲しい。リディスを、魔宝樹を、そして未来を、自分たちの大地に取り戻すために!」
暗い空の中にフリートの声が消えていく。心拍数は非常に速くなっているが、言う前よりとてもすっきりとした気分だった。責任が伸し掛かったが、自由に動ける手足も手に入れたようだ。
息を呑みながらフリートは皆を眺める。誰もが驚いた表情をしていたが、やがて笑みを浮かべてくれた。
「乗りかかった船だろう。最後まで付き合ってやるさ」
トルが右手で拳を作り、胸をどんっと叩いた。
「どうせ一度死んだ身。あの人が描いていた未来のためにも、泥船に乗ってあげるわよ」
肩をすくめているがメリッグは微笑んでいた。
「少しでも強固な船にするためにも、僕で良ければ力を貸すよ。このままだと妹に怒られるしね」
眼鏡のレンズにヒビが入りつつも、優しげな笑みを浮かべるルーズニル。
「散々あのモンスターにはやられたからな、お返しをしてやりてえと思ったところだ」
全身ぼろぼろにも関わらず、カルロットは威勢のいいことを言ってくれた。
「攻撃パターンは読めているわ。次はこんなにやられることはないから、安心しなさい」
セリオーヌがにやりと口元を釣上げる。
「明るく元気な姫の未来を護るのが俺の使命。魂が抜けた状態の姫様など、いつまでも見ていられん」
珍しく口元を緩めてスキールニルは言ってくれた。
他の騎士たちも次々と肯定的な言葉と発してくれる。それを聞く度に胸が熱くなる。
そして視線が金色の髪の娘にいく。フリートが一刻も早く助けたいと思っている娘とよく似た顔の――。
「――リディスを含めた未来を創りだしましょう。未来への扉は私たちの手で開くわよ」
美しく気高い娘の傍で、銀髪の青年は視線を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「魔宝樹を取り戻すためなら、どんなことでもするさ。それが僕の目的だからな」
フリートは一人一人の言葉を噛みしめながら、感謝の気持ちを言葉に出した。
「ありがとう、みんな。突拍子もない案に乗ってくれて……」
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