暗闇の中に光を(4)

 移動中、モンスターの絶対数が減った中で用心深く結界を張っていたためか、戦闘行為は特になかった。それは良かったが、空に広がる暗い闇は会話をするのを躊躇わせる雰囲気にさせていた。

 ミディスラシールは視線を地上に向けながら目的地を探し、スキールニルはその脇で体力が減少している彼女を落とすまいと支えている。

 ロカセナは口を一文字にしたまま、傷が酷い左脇腹を手で押さえ込んでいた。無理をすれば傷口がさらに開く可能性があるようだ。はっきり言えば、フリートに同行できる体ではない。

 だが一緒に行くと言った銀髪の青年の瞳は揺るぎのないもので、止められるものではなかった。

 ミスガルム城がうっすらと見える位置までくると、スキールニルが突然振り返り、厚手の布をロカセナに押しつけた。そして畳みかけるように言葉を並べてきた。

「何重にも畳んだ布だ。フリート、それをきつくそいつの腹に巻いておけ。……いいか、上下に動くな、激しく動くな、よくわからない召喚もするな。それを守らなければ、お前は確実に死ぬ」

 ロカセナに向けて放たれた言葉は、フリートでさえ思わずどきりとしてしまう内容だった。

 銀髪の青年は布をぎゅっと握りしめながら俯いている。垣間見えた表情は、戸惑っているようにも見えた。

 スキールニルはちらりとミディスラシールを横目で見てから、言葉を付け加えた。

「お前が死ぬと色々と面倒だ。いいか、後始末はきちんと付けてもらう。そのためにも……死ぬな」

 握っていた布に寄っていたしわが少なくなる。フリートはその布を横から取り、ロカセナの腹にきつく巻き始めた。そうこうしているうちに、徐々に高度が落ち出した。手早く巻き終えたフリートは、少しだけ身を乗り出して下を見る。

 ミスガルム王国から少し離れたところにある、森に囲まれた小高い丘。頂上には一本の木が生え、他は草原で覆われていた。そこを回りながら降りていき、ゆっくりと大鷲は森の近くに着地した。

 大地に足を付けると、ミディスラシールは大鷲の頭を優しく撫でる。

「少しだけ待っていてね」

 そう言ってから歩きだそうとしたミディスラシールだが、途端によろめき、木に手を付けた。右腿の傷は癒えていないのだから当然である。

 スキールニルは溜息を吐きながら、彼女を背負った。

「手間かけるわね……」

「そんな言葉いいですから、早く道案内して下さい」

「わかったわ。少し待っていてね」

 姫は目を閉じて深呼吸をし、神経を研ぎすませる。そして指先を右斜め前にある森の中に向けた。

「この先を進んで。今にも壊れそうな小屋があるから」

 承諾したスキールニルが先陣を切って進み始めた。その後ろをロカセナが歩き、フリートは周囲を警戒しながら一番後ろについた。

 何かあった場合、即座に剣を振るつもりである。これは比較的自由がきき、怪我を負っていない自分の務めだ。だが考えていた以上に、モンスターの気配は感じられなかった。

 あまりにも静かすぎる。風すら吹いていない。――不気味過ぎる。

 張り詰めた雰囲気の中進んでいると、ミディスラシールが言った通り、木に壊されそうな古びた小屋が見えてきた。小屋の中心部の真下から突き出た木は、小屋と一体化したように悠々と枝葉を伸ばしている。

 フリートが先行してドアを開け、中を確認した。朽ちかけた丸机と二つの椅子が置かれているだけだ。

 後ろから三人が入り込むと、姫はスキールニルの背中から降りて、足を引きずりながら木に寄り添った。

「無事で良かった……」

 その場にしゃがみ込み両手を床に付ける。そして目を凝らしながら何かを探し始めた。木の周りを一回りするかのように移動していると、ドアから一番遠いところで動きを止めた。

 スキールニルに入口の警戒を任せて、フリートとロカセナはミディスラシールの傍に寄る。彼女は右手でナイフを握り、左手の薬指に浅い傷を作った。

「血を使った封印は強力だけれど、封印を解くのにいちいち傷を作るのは嫌だわ」

 悪態を吐きながら、彼女は床に指を押しつけた。

「――我はミスガルム王国を束ねる父を持つ娘、ミディスラシール・ミスガルム・ディオーン。王国への道よ……開け」

 言葉と共に床の一部が光り、その一角が音を立てて開かれた。人が一人通れる大きさの階段が下へと続いている。それを見て、フリートはぽつりと呟いた。

「封印付きの隠し扉……」

「緊急時の脱出場所よ。これは極秘事項だから誰にも言わないように。まあ知ったとしても、封印は他の人には解けないけどね」

 フリートはミディスラシールよりも先に、階段の中へ踏み入れた。光宝珠を持ちながら降りていくが、あまりに暗すぎるため、その光だけでは心許なかった。

 鼓動が速くなる中、足下に注意しながら降りていく。そして平地に足を付けると、今度は狭い穴を道なりに進んで行った。この道は城の地下にある土の魔宝珠が置かれている部屋と、街の広場の下にある土の魔宝珠を置ける場所に通じている道らしい。

 一本道で迷う要素はなく、二人だけでも進める道だったため、ミディスラシールには何度も戻れと言ったが、彼女は断固として拒否していた。フリートたちがの地に行くのを見届けてから戻りたいらしい。また万が一行けなかった場合、再度案を練る必要があるという理由で、結局は共に行動していた。

 怪我人たちの様子を逐一見ながら、フリートは進んでいく。休みたそうな者がいれば止まるつもりだったが、誰もそのような素振りは見せなかった。

 途中で大きな入口を通り過ぎると、道幅は広くなり、壁も木材によって補強された道に入った。城へと着実に近づいているようだ。


 しばらくすると前方にある部屋の入口から光が見えてきた。ミディスラシールに視線を送ると、スキールニルの背中越しから彼女は頷き返した。そこが目的地のようだ。

 フリートは歩調を速めて、その地に踏み入れた。軽い音を立てて何かを踏み潰す。視線を下げると、大量の枯れた草花を踏み潰していた。

 フリートは顔を引きつらせながら、目の前に広がる光景を見渡す。

 広い空洞の中にあるのは枯れ果てた草花と木。湧水の姿は見られず、鬱蒼うっそうとした雰囲気を漂わせている。

 中心部にある物に視線を移すなり、フリートは愕然とした。

「そんな……」

 立ち尽くしているフリートを、ミディスラシールたちは怪訝そうな表情で見てから、脇から中に入った。そして三人も視線を前に向けた途端、顔を強張らせた。

 土の魔宝珠が真っ二つに分かれていたのだ。

 空洞の壁に沿って天井を見上げると、うっすらと直線の亀裂が走っていた。

 そこから導かれることは一つ。ラグナレクが放った光の線によって、魔宝珠は部屋ごと切断されたのだ。

 圧倒的な力による被害を目の当たりにして、ミディスラシールが青ざめながら口元に手を当てている。そしてごくりと唾を飲み込んだ。

「……皆、魔宝珠に近づいて」

「姫、ですが……」

「王国を包む結界は完全に壊れていない。つまりこの魔宝珠による結界の効力が続いていることを示唆しているわ。宝珠は大丈夫よ、きっと。でも……」

 視線が上に向きそうになったが、唇を噛みしめながらすぐに下げた。真上には城が建っている。頭上には惨状が広がっているはずだ。

「……とにかく早く行って。今、私たちが街や城に行っても、何も変わらないわ。国王や残っている騎士たちに任せましょう」

 スキールニルは彼女の意志を汲み取って歩き出す。それに従って他の者も中心に向かった。

 あまりに美しく土の魔宝珠は切断されていた。切断面からは光沢があるほどだ。

 ミディスラシールはスキールニルの背中から降りて座り込む。そしてそっと土の魔宝珠に触れると、彼女の胸元にあった土の精霊ノームが宿った宝珠が光りながら浮き上がった。共鳴しているのか、目の前にある土の魔宝珠も光を帯び始める。

「やはり魔宝珠自体は無事のようね。――土の精霊よ、姿をお見せ下さいませ」

 ミディスラシールが土の魔宝珠を撫でると、その中心から実体化した髭を生やした小人、土の精霊が現れた。彼は苦悶に満ちた表情で腕を組んでいる。

『姫か。生きていたか。限りなく最悪に近い状況に一度はなったようじゃが……』

「鍵のおかげで一時いっときの静けさを得ることができました。しかしあくまでも一時。魔宝樹がこの地になければ状況は何も変わりません」

 地面に付けていた手をぎゅっと握りしめる。ミディスラシールは縋(すが)るような思いで口を開いた。

「以前、フリートたちはこの魔宝珠を通じて、樹がある地に行ったと聞きました。それを受けまして、再びそこに通じる道を開いて欲しいのですが、できますか?」

『あれはノルエがしたことじゃ。わしの力だけではできぬ。まあ、きっかけがあればできなくもないが……』

「この鍵がそのきっかけとならないでしょうか?」

 フリートは土の精霊ノームにリディスが所持していた鍵を見せると、小人は目を細めた。近寄って、鍵に指先を触れる。僅かだが小さな光が生じた。

『鍵であるリディスラシールの想いを込めた鍵……か。これを使えば道を開けるかもしれない』

「それなら……!」

『じゃが行けたとしても、こちらの世界に戻って来られない可能性も高い』

 きつい口調で言われ、思わず言葉を飲み込んだ。

『この前はノルエによって護られていたから、生きて戻って来られた。じゃがもう彼女はいない。肉体を伴ったまま大樹がある地に踏み込むのは、自殺行為に近いことじゃ。わしとしては勧めかねる』

 はっきりと拒絶の言葉を出されて、フリートは言い返せなかった。

 精霊は加護を分け与えている者の行く末を案じて言っている。加護を持っている人間は、精霊にとっては子どものような存在。死に続く道を歩んでいる子どもの背中を自ら押す親はいない。

 しかしフリートはリディスのためにも引き下がれなかった。説得の言葉を探していると、黙っていた銀髪の青年が口を開いた。

「この男はきっと戻って来られますよ。あの鍵に愛された男、つまりは樹の加護を存分に受けている者です。どんな状況になっても、彼のことを樹は護りますよ。だから道を作ってください。お願いします」

 深々とロカセナは頭を下げた。フリートたちも彼につられて頭を下げる。土の精霊ノームは若干戸惑った表情をしていたが、やがて深く嘆息を吐いた。

『わかった。その鍵で道を開け。樹がある空間までの道はどうにか作ってやろう。その後はお主らでどうにかしろ。あの忌々しいモンスターのおかげで、精霊たちでさえも今の樹の周りには近づくことができん』

 悪態を吐いた土の精霊は、二つに割れた魔宝珠に手を触れた。そこから小さな光が現れ、徐々に大きくなる。

『鍵をここに』

 促されると、フリートとロカセナは一歩前に出て、ミディスラシールとスキールニルは下がった。

 フリートは持っていた鍵を前に突きだして、光の中心に入れ込んだ。すると光が渦を作りだし、それが奔流となって二人を中に吸い込もうとしてくる。この流れに乗れば先に行けると確信した二人は、姫たちに視線を向けた。彼女は視線があうと、今にも崩れそうな表情で声を張り上げた。

「頼んだわよ、二人とも! この大地の上で三人と樹が戻ってくるのを待っているわ!」

「姫もどうかお気をつけて」

「無理はなさらないでくださいね、ミディスラシール姫」

 フリートとロカセナは思い思いに告げると、光は二人を包み込んだ。

 あまりの眩しさに一瞬目を閉じる。少し光に慣れたところでゆっくり目を開けると、眩い光が一面を覆っていた。道は見当たらないが、おそらくこのまま直進すれば行くべき場所に出られるだろう。

 その直感に従って、フリートはロカセナの体力に気を配りながら突き進んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る