繋がる真正の輪(6)

 夕方、イズナの調子が戻ったと聞き、フリートたちは再び彼女の部屋に訪れた。部屋の前までは必ずラキが案内をしている。ロカセナのことを思い出さざるを得ない彼を案内人にするなど、彼女の意図が読めなかった。

 部屋の中に入ると、先程よりも顔色を良くしたイズナが体を起こしていた。

「皆様、すみません、お忙しいのにお時間を取らせてしまい」

「いえ、こちらも長旅が続いていたので、久々にゆっくり休むことができて良かったです」

 そう発言するミディスラシールは肩の荷が降りたような表情をしていた。フリートたちが席を外している間に、言葉通り体を休めることができたのだろう。

「さて、樹と宝珠、そしてモンスターや還術のことについてお話をしましたね。次は何をお話しましょうか」

 慈愛の笑みを浮かべるイズナに対して、ミディスラシールはほんの少し躊躇ったが、やがて覚悟を決めたようなきりっとした顔つきになった。

「――イズナさんは国王が何を考えているか、おわかりになりますか?」

「ミスガルム国王ですか? どうして私にお聞きになるのですか。貴女は国王の娘さんですよね?」

「そうですが、国王……いえ、父は本当に大切なことは話してくれないのです」

 その言葉を聞き、フリートは眉をひそませた。傍から見てとても仲が良く、お互いに言い合える関係の父娘だと思っていたが、現実は違うらしい。

「たとえばリディスを城から旅立たせ、火の欠片を回収する要請をした時、私は要請をする場にはいましたが、なぜ彼女を選んだのかという理由は教えられませんでした。その後、私は薄々その理由に勘付き、父にそのことについて尋ねましたが、はぐらかされました」

 建前上ではそれ相応の身分を持ち合わせており、一人でも自分の身を護れるリディスを選んだと言っていた。

 だがよく考えれば、鍵という重要な役割を担っているにも関わらず、危険度が高い外に出したのは疑問が残る指示だ。

 実際にギュルヴィ団やガルザたちに命を握られる状況になった。一歩間違えれば殺されていた可能性もある。

「姫、よろしければ貴女の推測でもいいので、お聞きしたいのですが……」

 フリートの隣にいる話題の渦中の娘も同意を示すように頷くと、ミディスラシールは服を軽く握りしめた。

「あくまでも推測よ。……たぶん相応の力を付けて、現実を見て欲しかったからだと思う。鍵としての役割を果たす際、一連のことを行うとなれば相当体力を消費する。途中で力及ばずに頓挫してしまったら、元もこうもないでしょう……。また現実を知ることで、実行する理由を自分なりに明確化してほしかった。……私はそう考えているわ」

 ミディスラシールの推測を聞いた後にリディスを見ると、視線を下に向けて口元を手で押さえていた。

「どうした?」

「いや、ミスガルム国王って怖いくらいに人を動かすことができる人なんだなって」


 旅をしている間、彼女は日々還術や槍術を鍛えていた。それに比例して体力も増加し、精神面でも大きく成長した。頼りなかった娘が一回り大きく成長したのを見て、国王もさぞ嬉しかっただろう。

 さらにミディスラシールの推測に付け加えれば、リディスに各地の宝珠に触れさせることで、精霊と心を通わせる機会を作りたかったのではないかと思った。

 鍵を使うには各領を護る精霊の力を含んだ欠片が重要となってくる。予め宝珠に触れ、心を通わせていれば、その欠片から発する力を大々的に使用できるのではないだろうか。

 これらの真実については、機会を見つけて国王から聞き出すべきかもしれない。

 イズナは口元に広げた手をそっと乗せてから、口を開いた。

「……さすがに私も正確に言い当てることは難しいですが、国王が私たちと同じ考えを持ち続けているのならば、それを述べることはできます」

「どのような考えでしょうか?」

 イズナは目を細めて、ミディスラシールたちを眺める。

「……その前にアスガルム領民とミスガルム王国が、実は内密に懇意にしていたのは知っていますか?」

 ミディスラシールは難しい顔をする。

「そうですね……王を始めとして、一部貴族などは一種の政略結婚でアスガルム領民を迎え入れていたという話のことでしょうか」

「少々事実がねじ曲がっていますね。政略結婚よりも、純粋に愛し合って結婚した人の方が数は多いですよ。密やかですが、よく交流し合っていたので、一緒になる人も出てきたわけです」

 にこりと笑いながら、イズナは話を開き続けた。

「では、バナル帝国はご存じですか?」

「半島の先にある大陸の帝国ですよね」

「ええ」

 突然帝国の話題を出され、フリートたちは首を傾げていた。知識としては辛うじて持っているが、せいぜい歴史や地理を勉強する際に話題にでるくらいの名だ。

「では、あの帝国が過去にどのようなことをしたかは、ご存じですね」

 トル以外は沈痛な表情で頷く。話の筋が掴めずぼけっとしていたトルは、隣にいるメリッグに呆れた顔をされながら、簡単に説明を受けていた。

 ニルヘイム領の北東部から延びている道の先には非常に広い大陸があり、その中心にあるバナル帝国はドラシル半島と幾度もなく歴史の中で関わってきた。こちらにはない知識を提供してくれる時もあったが、ほとんどは侵略目的だった。

 バナル帝国がドラシル半島を中心に恩恵を与えている魔宝珠を奪うために。

 それに対抗するかのように、半島の中心から西側では人が集まり、ほどなくしてミスガルム王国が誕生した。

「魔宝珠を奪うために、バナル帝国の者たちはこの地に来ました。真っ先に向かったのは、樹があるアスガルム領でした。領民たちは精霊に力を借りることで、ある程度追い払うことはできましたが、相手は訓練された兵士たち。接近戦に持ち込まれると非常に分が悪かったため、騎士団を設立したミスガルム王国と手を組んだのですよ。――それが王国とアスガルム領との関係の始まりです」

 過去の先人たちは力を合わせ、魔宝珠を用いて召喚した武器や精霊を駆使して帝国と戦い、退けさせることに成功した。


 近年で最も激しかったのは約四百年前。


 大地は荒廃し、多数の戦死者を出しながらも、必死に食い止めようとした。だがその苦労も報われず、あと一歩で樹がバナル帝国の手に堕ちようとした時――まるで我が身を守るかのように樹が消えたのだ。その際、周辺にいた帝国の部隊は消えてしまったらしい。

「そんなバナル帝国が、五十年ぶりに再び攻めてこようという動きがあります。一刻も早くドラシル半島を安定化させ、そちらの対策に時間を使いたい、とミスガルム国王は考えているのではないでしょうか?」

 尋ねたミディスラシールだけでなく、その場にいた一同は表情を凍らせた。聞き捨てならない言葉が多々並んでいたのだ。


「あの帝国が……攻めてくるんですか? 魔宝珠を奪うために!?」


「そのような動きが微かに出始めていると聞いていますが、違うのですか?」

 むしろイズナの方が驚いた表情をしている。この半島に関わる一大事について、当然のように知っていると思ったのだろうが、フリートたちにとっては耳を疑うような内容だった。

 リディスが不安げな表情を向けてくる。

「私、知らなかったけれど、フリートは知っていたの? 騎士団はそもそも帝国に対抗するために作られたって聞いたことがある」

「たしかにそういう歴史的な背景はあるが、ここ最近は領内の治安維持とモンスター還ししかしていない。そうですよね、副隊長?」

 話を振られたセリオーヌは顔を強ばらせて、ミディスラシールを見ていた。

「本当に一部だけれど、独自の部隊を作って半島中を回っている人たちはいる。大陸との境界にも偵察に……行ってはいると思う。……姫?」

「……ああ、どうしてこんな大切なことを教えてくれなかったのよ!」

 突然ミディスラシールは頭を抱え込んで、しゃがみ込んだ。セリオーヌは慌てて近寄り、軽く肩に手をかける。金髪の娘の体は震えていた。

「大丈夫ですか?」

「私も知らなかった。けど、おかしいと思ったことはある。ルドリ団長と国王が知らない地名を出しながら話をしているのを立ち聞きして……。あの時、追求していれば良かった!」

 悔しそうな表情で吐き捨てる。ミディスラシールはセリオーヌに支えられながら立ち上がった。

「おいおい、どうなっているんだ? 結構ヤバいことだろう、帝国が攻めてくるって。なのにどうして誰も知らないんだ?」

 トルが言葉を漏らすと、ルーズニルは口元に手を添えながら答えた。

「混乱を避けたくて、意図的に情報を遮断しているんじゃないのかな。イズナさんの話によると、まだ動き始めたばかり。もし今帝国が攻めてくると知ったら、どれだけ人々は混乱するだろう? ただでさえモンスターによって不安定な状況。その中でそれを知れば、人々は恐れおののき、逃げまどい、下手をすれば小競り合いが多発する恐れがある。つまり――モンスターが増加するきっかけとなる可能性が高い」


 リディスはふと、ある記事を思い出していた。それは先ほど読んでいた、予言者の村の末路――。

 混乱を極め、小競り合いが多発し、その後突然消失したその地域には、しばらく大量のモンスターが彷徨っていたと記述されていた。

 似たような悪い歴史が繰り広げられるのは、避けたいのが統治者としての考えだ。


 セリオーヌが優しく語りかけるように、ミディスラシールに言葉を紡いでいく。

「ミディスラシール姫はお優しいですから、その事実を伝えれば慌ててしまうと思ったのでしょう。事実がはっきりとわかるまで、もしくは今回の件が終わるまで、国王は黙っているつもりだったのではないでしょうか?」

「そうかもしれない。私が知っても、何もできないと思って……」

 ミディスラシールは口を閉じて、両手をぎゅっと握りしめた。

「なあ、なんで今帝国が攻めてこようとするんだ?」

 トルの疑問に、今度はミディスラシールが忌々しく言い放つ。

「それはこちらがモンスターの影響によって、不安定な状況だと見抜いたからでしょう。帝国からの諜報員なんて、いくらでもいるはずだわ」

 ミディスラシールは深々と息を吐いた。

「――五十年前は逆だった。帝国が侵入しようとしている時に、モンスターが大量発生した。……イズナさんの話から推測すると、意志を持った樹が帝国に反抗するために、人々から出た恐怖を大量のモンスターに変えてしまったようね。けれど不運にも非常に強力なモンスターも生み出してしまい、領ごと封印せざるを得ない状況になった」

 ちらりとイズナを見ると、肯定の意を示している。

「その通りです。“ラグナレク”と私たちはそのモンスターを呼んでいますが、その脅威のおかげで帝国は手を引いてくれました。しかし誤算だったことに、その後アスガルム領民やミスガルム騎士団が束になっても、それを還すことはできませんでした。そこで当時最も力を持っていたと言われる、アスガルム領出身の女王に封印するように頼んだのです。ただ彼女の力をもってしても、継続的に祈らなければ封印し続けることはできませんでした」

 イズナの視線がリディスに向けられる。

「祈り続けさえすれば、どうにかなると言われていました……。しかし五十年という、長期に渡ってレーラズの樹がドラシル半島になかったのは、予想以上に循環を乱すことに繋がったのです。――不安定になることで、さらに争いは増え、精霊召喚も思うようにできなくなりました。そしてその隙を突いて、再びバナル帝国が侵略しようとしているのです」

 リディスは俯いて、胸の前でぎゅっと手を握りしめた。その様子をフリートは歯噛みをしながら眺める。

 彼女をこの大地に立ち続けるために、僅かな希望を求めてここまで来たが、逆に希望を捨て去る理由を知ってしまった。

 まさかバナル帝国まで動いているとは、思ってもいなかったのだ。

 半島内の処理で精一杯だったが、それではミスガルム王国やこの地域は守りきれない。守るためには、まずは安定が何よりも必要だった。


 魔宝樹の鍵――すなわち大陸全体の命運を握る鍵。

 あのミスガルム国王は、始めからそれを使うことしか考えていなかったのだ。

 たとえ血の繋がった娘が犠牲になろうとも――。


「……安定を取り戻すためには、樹をこの地に降ろすのが一番いい方法なのですよね」

 リディスがぽつりと呟くと、イズナは躊躇いつつも首を縦に振った。

「そうです。扉を閉じるだけでも一時的にモンスターの量は減りますが、いつかは辛うじて繋ぎ止められていた循環が崩壊します」

「つまり扉を完全に開けて、樹をこの大地に降ろし、同時にラグナレクを再封印しなければならない。そのかなめが私。……果たしてどれくらい体に負担はかかるのでしょうか?」

 笑みを浮かべながらリディスは問いかける。フリートは悟った表情を見て、思わず肩に手をかけていた。それを彼女は見向きもせずに振り払う。

「どうですか?」

「――貴女自身の力にもよりますが、五十年前より能力が高くなっている相手であるため、当時の女王よりもさらに負荷がかかるのは間違いないでしょう。力がある者が一人だけなら、ただ扉を開いて再封印するだけでは厳しい。封印後も傍で祈り続ける必要があります」

「一人だけなら?」

 リディスが復唱すると、イズナが姿勢を正して見つめ返した。


「私もお手伝いします」


「え……?」

「ですから、ラグナレクの封印をお手伝いすると言っているのです。二人分の力があれば、封印後もこの地に留まり続けながら祈りを送ることで、どうにか封印は保たれるはずです。よって貴女自身の負担は減りますので、最悪の事態は回避できるでしょう」

 リディスは目を丸くしていたが、横にいたミディスラシールは表情を綻ばせていた。一筋の光が徐々に大きくなっていく。

「そんなこと、できるのですか?」

「私はここにいるアスガルム領民の中では、最も能力が秀でていると言われています。貴女と似たような血を引く私であれば、共同作業も可能でしょう」

 イズナが断言をすると、リディスの強ばっていた表情がようやく緩み始める。

 ずっと犠牲になるしかないと思い詰めていた彼女が浮かべる笑みは、希望の光が灯ったようだった。

 一同が盛り上がる様子をイズナは微笑みながら眺めていたが、ふと一瞬だけ表情が暗くなったのに気付く。フリートは彼女の細い腕を見ると、素直に喜べなくなっていた。

 扉を開閉したり、封印を施すのはかなり負担がかかる。もともと体力がない女性がそのようなことをして大丈夫なのだろうか。

 リディスもその事実に気づき、口を開こうとした矢先、突如ラキが飛び込んできた。

「イズナ様!」

 細切れに呼吸をしながら、呼びかける。

「どうしました?」

「モンスターがこの地に気がつきました! しかも複数います!」

 イズナは堅い表情のまま、侍女に支えられながら地面に足を付けた。丈の長いスカートから見える足も、頼りないくらいに細い。

「門番たちが精霊召喚をして、還していないのですか?」

「召喚はしていますが、相手がかなり強敵で……」

「あのモンスターの仲間かもしれません。樹のことを言ったのを目敏く嗅ぎ付けたのでしょう。――私が対処します」

 歩き出そうとするイズナに対して、ミディスラシールは魔宝珠を掴みながら前に立ちはだかった。

「私がやりますよ。これでも力はある方だと思っています」

「それはミスガルム領での出来事ではないのですか? ここはヨトンルム領の一角、土の精霊ノームの力は最大限発揮されません。半分力が出せればいい方かもしれません」

「それでも足しにはなるはずです」

 ミディスラシールは断固として退こうとはしなかった。彼女の横に、もう一人の金色の髪の娘が近寄った。

「……私は駄目ですか? もとは槍を扱う還術士です。還術するのに場所は選びません」

 イズナは逡巡した後に、魔宝珠を握っているリディスの手をそっと触れた。

「――充分に使いこなせますか、魔宝珠を」

「自信はあります」

「そうですか、わかりました」

 イズナは意を決した表情で、皆を見渡した。

「すみませんが皆様、よろしければ力を貸してください。私は後方支援に回らせて頂きますので、武器召喚の方に前衛をお願いします」

 それを聞くと、フリートたちはしっかり首を縦に振った。

 そして一同はそれぞれの武器を召喚し、ラキに連れられて、足早に洞窟の入り口に向かった。

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