28 一筋の希望は何処に

一筋の希望は何処に(1)

「ラキ、モンスターは何体いますか?」

「羽を生やしたモンスターが三体と人型が一体います」

「人型ということは、知能を持っている可能性が高いですね……」

 イズナは苦虫を潰したような表情をして、歩調を速める。彼女のすぐ後ろをリディスたちは付いて行った。

 時折洞窟内を揺らす地響きによって、天井から砂がこぼれ落ちる。

 突然のモンスターの強襲に驚き、奥に逃げこむ人たちとすれ違いながら進んでいた。多くが女性や子供であり、イズナの顔を見ると深々と頭を下げていた。

 それを彼女は慈愛の笑みを浮かべて返している。この洞窟内においてイズナの存在は絶対のようだ。

 早足で進んでいると、前方から負傷した男たちがよろよろと歩いてきた。肩を借りて足を引きずっている者もいる。比較的軽症の男にイズナは問いかけた。

「被害はどうでしょうか」

「重傷者が多数います。彼らを回収しようにもモンスターの攻撃が激しく、近づけません。……今回はタイミングが悪すぎます。外に派遣している強者たちがいない時に、どうしてモンスターが……!」

 男たちの鋭い視線がリディスたちに向けられる。余所者が来たから、このような状況になった。それしか考えられないという、睨み付け方だ。胸が締め付けられる想いになる。

 イズナはそんな男の腕に優しく触れた。

「いつかはここに来るのはわかっていました。あのモンスターが恐れているのは、鍵だけでなく、私たちアスガルム領民も同じですからね。居場所がはっきりしたこちらを先に潰そうと思ったのでしょう。……ですが、そんなことはさせません。私たちはそれを阻止します」

 男はイズナの微笑みを見ると視線を下げた。そして悔しい表情をしながら通路の端に寄る。

「……その者たちも連れていくのですか?」

「はい。彼らは戦慣れしている人たちです。いくら能力があっても、経験不足が原因で負けてしまうことはありますから。彼らがいれば、きっと臨機応変に動いてくださいますよ」

「イズナ様がそう仰るのならば、それに従います。――一点、お伝えしておきます。相手はとにかくこちらの戦力を削ぎたいようです。だから殺すよりも、重傷者を多く出しているように見受けられました」

「重傷者がいれば、その人の分だけ世話をしなくてはなりませんからね。情報ありがとうございます。急いでその者たちの治療をしてください」

 一礼をすると、男たちは洞窟の奥へ足早に移動していった。

 それを見届けたミディスラシールはイズナの傍に寄る。

「イズナさんは決して前に出ないでください。精霊たちからはかなり好かれているようですが、戦いは慣れていないでしょう」

「よくご存じですね」

「その体を見ていればわかります」

 ミディスラシールは他の者が言えなかったことを遠慮なく突いてきた。誰もが思ったはずだ、病的なまでの白さと体の細さを。そして寝たきりの生活。今も立っているのがやっとのはずだ。

「……ラキ君が貴女を呼んだから、一緒に同行しているという形を取っています。ですが本来であれば奥で待機している立場ということを、心に留めておいてください」

 話に出されたラキの表情は非常に不愉快そうだった。ミディスラシールはそれを無視し、ケルヴィーへ視線を向ける。

「ケルヴィーさんはイズナさんを護ってください。入り口付近には他のアスガルム領民がいらっしゃいますから、その方たちにもお願いして。――モンスターは私たちで還します」

 姫の言葉に続き、リディスたちは首肯した。戦闘に参加すると決めた時から、そのつもりである。

 しかしイズナはそれを否定するかのように、首を横に振っていた。

「ミディスラシール姫、敵は四体もいます。しかも一体はかなりの知能を持っていると考えられます。たとえ場慣れしているあなたたちでも、厳しい展開になるでしょう。能力は私の方が上です。その力を使えば――」

「イズナさん、もう一つだけ言っておきましょう」

 一歩前に出て振り返り、ミディスラシールはうっすらと笑みを浮かべた。


「このような戦闘は個々の能力で勝敗が決まるのではありません。共に戦う相手をどれだけ信頼し、背中を預けられるかにかかっていますよ」


 そう言うと、金色のウェーブがかかった髪を揺らしながら姫は颯爽と歩き始める。手には彼女が愛用している杖が握りしめられていた。

 人間だけでなく、召喚物に対してどれだけ想いを込めているのかも、重要なのかもしれない。

 リディスは再度しっかりとショートスピアを握り返した。



 現場に急行すると、男たちの悲鳴が洞窟内に響き渡っていた。

 一人の男が通路に投げ飛ばされてくる。それをトルが体を張って捕まえた。男の腹部からは赤い液体が流れ出ている。

 イズナは座り、男の首もとに手を当てて脈を数え始めた。

「――だいぶ弱っています。急いで治療を!」

 傍で立ち尽くしていた別の男に言うと、彼は慌てて負傷した男を担ぎ上げて奥に駆け込んで行った。

 イズナの顔色は既に真っ青だ。そのような状態で、彼女はおそるおそる一歩踏みだそうとした。その瞬間、突然メリッグがイズナを軽く突き飛ばした。

 驚くまもなく、通路に氷の壁の結界が張られる。ほぼ同時に先が尖った棒が次々と突き刺さった。それは氷の壁に刺さるとすぐに消えた。

「あらら、奇襲をかけたのに、失敗しちゃった。ようやく歯ごたえのある人が来たのかな?」

 軽い口調の女の声が聞こえてくる。

 メリッグは緊張した顔つきで、右手を前に突き出したまま、少しずつ前に進んだ。

 すぐ後ろではトルがウォーハンマーを持ち、ルーズニルが拳を固めて付いて行く。

 ミディスラシールはイズナを支えているケルヴィーに目くばせする。

「ケルヴィーさん、あとはよろしくお願いします。それと――リディス」

 呼ばれたリディスは進もうとしていた足を止めた。

「もし殺されそうになったら、すぐに下がりなさい。これは命令です」

「待ってください。話を聞いている限り、相手は人間を殺さないのではないのですか?」

 眉をひそめているリディスに向かって、ミディスラシールは声を落とした。

「――ラグナレクが最も恐れているのは、貴女よ。貴女さえいなければ、再封印されることはない」

 その言葉を聞き、リディスははっとした。

 ロカセナたち同志側からみれば、リディスは扉を正しく開けるのに必要な人材であるため、殺すことはまずない。

 しかし、これから相手をするモンスターは、扉や樹の存在などどうでもいい、ただラグナレクの封印を解きたいやつらだ。

 もしリディスが封印における鍵だと知れば、即座に息の根を止めてくる。

 鼓動が速くなる。

 経験したことのない恐怖がリディスの心の中を蝕んできた。それを和らげるために、深く息を吸って吐く。

 ミディスラシールはその様子を一瞥して、フリートにちらりと視線を送った。

「フリートも聞いたわね。相手側に気づかれたら、無理矢理にでもリディスを下がらせなさい。私たちがいくら傷ついても気にせずにね」

「わかりました。その前に全部還しましょう」

「当たり前でしょう。私を誰だと思っているの」

 自信満々に言い切る姿は非常に頼もしかった。

 リディスはフリートと視線を合わせてから歩き始めた。その後ろを一国の姫が二人の騎士を連れて進んでいく。

 洞窟の出入口に着くと、メリッグと羽の生えたモンスターに乗っている女が睨み合っていた。計三体の羽が生えたモンスターが湖の上に浮かんでいる。

 女は密着した漆黒色の服で全身を包み込んでいるが、豊満な胸元だけは広く開いていた。真っ黒な長い髪を振り払いながら、後から来たリディスたちを眺める。

「あら、お仲間さん? これで全部? アトリの相手になるのかな?」

「モンスターのくせによく喋るわね。知能が付いてきたと言われているけれど、こんな馬鹿女じゃたかがしれているわ」

 メリッグが鼻で笑うと、アトリは目を細めて右手を掲げる。その手の上には大量の尖った棒が出現した。

「黙れババア。血みどろになって泣き叫べ。そしてその負の感情を寄こせ!」

 アトリが振りかぶって、メリッグに尖った棒を投げつけようとする。するとメリッグはリディスたちから離れるかのように、洞窟の壁に沿って左側へ走り始めた。トルはとっさの判断が遅れたが、数瞬間を空けてついていく。その二人を見て、ルーズニルはリディスたちに振り返った。

「皆さん、こちらは僕たちが引きつけますから、残りの相手をお願いします」

「まっ――」

 リディスが止める前に、ルーズニルは背中を向けて走り出した。

 アトリはメリッグに対して、棒を投げつける。メリッグはそれをすべて氷の壁で受け止めようとした。

 だが、防御を試みていた正面だけでなく頭上からも降り注いできた。メリッグは舌打ちをして、頭上にも氷の壁を作ろうとする。

 間に合わない――そう思った矢先、助太刀に入ったトルがハンマーで薙ぎ払った。お互いに視線を合わせた後に、再び走っていく。

 リディスは勃発ぼっぱつした戦闘を見ていると、フリートに肩を叩かれた。彼と同じ方向に視線をむける。湖の上にはドラゴンのような体をしたモンスターが二体、牙をちらつかせながらリディスたちを見ていた。ミディスラシールはモンスターの動向を凝視しつつ、口を開く。

「囮になってくれたのよ、メリッグさんは。こっちを早々に片づけて加勢に行くわよ」

「はい!」

 ミディスラシールは杖を持った右手を突き出した。そして杖の先端をゆっくり下げていく。

「二体をこちら側に近づけさせる。そうすれば跳躍でもすれば、ぎりぎり陸地からでも対処できるはずよ。相手がどのような能力を持っているかはわからないから慎重に。とりあえず羽を落としなさい」

 じりじりと三人の騎士は前に踏みだす。リディスは集中して、風の精霊シルフを召喚させた。身体能力は三人に劣るが、精霊を使えば同等の力は引き出せるはずである。

 湖の上がうっすらと白色に変わっていく。それが盛り上がると、一気に氷の柱となってモンスターの後ろに突き出た。モンスターはその攻撃を回避するために陸地側に寄る。その隙に四人は飛び出した。

 右側のモンスターはスキールニルとセリオーヌが、左側のはリディスとフリートが武器を向ける。

 リディスは風の精霊の力を使って、大きく跳躍した。フリートはモンスターの左羽の付け根を下からバスタードソードで突き上げようとする。

 それに倣って、リディスはスピアの先端を上から左羽に突き刺そうとした。息も合っており、ほぼ同時に上下から負荷がかけられそうだ。

 しかし突き刺した瞬間、リディスの表情は酷く歪んだ。フリートは目を丸くしている。

 羽が予想以上に堅かったのだ。

 剣を切り上げていたフリートは、あまりの堅さにより跳ね返され、その衝撃で湖の中に突き落とされる。

 リディスも呆然としていると、モンスターに羽を大きく動かされた。振り払われる前にいさぎよくモンスターから離れ、ミディスラシールのすぐ横に降り立つ。

 スキールニルとセリオーヌは歯を噛みしめながら陸に上がっていた。フリートはモンスターの動きを注視しつつ、陸に向かって泳いでくる。

「さすがに一筋縄ではいかないわね」

 ミディスラシールは肩をすくめながら、腕を組む。リディスは拳を握りしめて、首を横に振った。

「すみませんが、私のスピアでは歯が立ちません。フリートのバスタードソードを上から重力に従って振り下ろせば、斬れる可能性はあるかもしれませんが……」

 リディスはスピアを持ち上げて先端を見つめる。既に刃こぼれしていた。

「悪くない作戦だけど、そんな時間は与えてくれないみたいよ」

 モンスターが長い尻尾を大きく振り回して、壁にぶつけた。そこで作り出された石いしつぶてを、衝突した勢いのままリディスたちに投げつけてくる。ミディスラシールは手を地面に触れて、土の壁を作った。それにより直撃することは免れた。

 だが、その隙にモンスターの一体が近くまで寄っていた。大きな羽を振ってミディスラシールを突き飛ばそうとしてくる。

 すぐにスキールニルが駆け寄り、バスタードソードを掲げて止めに入った。力が強いのか、やや押されている。ミディスラシールは後ろに下がりつつ、表情を変えずに視線を前に向けていた。

 二人の意識がその一体に集中している間、もう一体が逆側から襲ってきた。それの進行方向にセリオーヌが割り込み、双剣を交差させて攻撃を受け止める。

 その間にフリートは陸に足を付けて、ミディスラシールのもとに駆け寄った。

「どうしますか、姫」

 彼女は溜息を吐いて、嫌味ったらしく呟く。

「フリート、スキールニルたちは薄々外皮が堅いのに気づいていたわ。だから無理せず、剣を振った後はすぐに下がった。あっさり湖の中に突き落とされる粗相なんてしなかったのよ。――もう少し観察力を付けなさい」

「……返す言葉もありません」

 フリートに対して反省点を突きつける、ミディスラシール。その姿は余裕すらも感じとれた。

「もしかして何か名案でも思いついたんですか?」

 リディスが尋ねると、彼女はつまらなそうな表情で淡々と返した。

「もう終わっているわ」

 まもなくしてスキールニルとセリオーヌが剣を下ろして、ミディスラシールの傍に寄ってきた。土で作り上げた巨大な手が、モンスターの尻尾を握っている。そして握られている部分から石化が全身に行き渡り始めた。

風の精霊シルフの領域だから大がかりな召喚はできないけれど、単発ならそれなりにできるものよ。あとね、私に対して間抜けな口を開いているモンスターは、その時点で還したも同然」

 モンスターの口の中からも徐々に石化が進行していた。

 ミディスラシールはにやりと笑みを浮かべて、小石をリディスに差し出す。拾い上げると、僅かな温かみを抱いていた。精霊が石に触れたのだろう。

 彼女の主戦精霊は土の精霊ノーム。その精霊が対象物に手を触れることで、初めて事を起こせる。

 今回は事前に土の精霊が触った小石をモンスターに触れさせたことで、このような現象が起こったのだ。

 理屈としては筋が通っている。だが、精霊の手から離れたものを始点として石化を起こすなど、誰が考え、実行できるだろうか。

 ミディスラシールは石化していくモンスターを眺めて、完全に石になる直前で小さく呟いた。

「還れ」

 その言葉と共にモンスターは砕け、黒い霧となった。だがその黒い霧は消えず、洞窟内に漂ったままである。それがゆっくりとアトリの傍に移動していた。

 それを見たリディスはとっさに風を使って吹き飛ばそうとした。しかし、その前に突風が吹き、黒い霧はあっという間に洞窟の外へ出て行った。

 目を丸くしたリディスたちが振り返ると、イズナが微笑みながら立っている。

「最後まで気を抜かないでください」

「援護、ありがとうございます」

 感謝の意を述べると、イズナたちはアトリとメリッグたちの戦闘に視線を向けた。

 かなり押されている。それを知るなり、リディスたちはすぐに目標を切り替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る