23 真実の断片

真実の断片(1)

 シュリッセル町からミスガルム王国への道中は、思った以上に穏やかなものであった。

 おそらく荷馬車に取り付けられている結宝珠や、フリートたちも持ち合わせている宝珠のおかげだろう。

 さらに、リディスが近づいてくるモンスターを事前に察知してくれるため、正面衝突する前にその場に留まることで難を逃れられていることも、要因としてはあるようだ。

 リディスのモンスターに対する敏感さは非常に重宝されている。だが、彼女はいつも以上に神経を尖らせているらしく、休む時はすぐに深い眠りへとついてしまっていた。

 シュリッセル町にいる時は、緊張もほぐれ、柔らかな表情をしていることが多かった。やはり長年住んでいた町は、彼女にとって安寧の地であるようだ。今後のことを考えると、もう少し長く滞在した方がよかったのかもしれない。


 シュリッセル町を出てから十日経過し、事前に用意していた服に着替えた一同は、ミスガルム王国の城下町に荷馬車ごと入り込んだ。オルテガからの通行手形があったため、止められることもなく中に入っている。

 荷馬車を町の中心地から離れた所定の位置に止めると、ウリウスはフリートたちを降ろした。

「ありがとう、ここまで何事もなく来られたのも、皆さんのおかげだ。本当に感謝している」

「いえ、こちらこそ本当に助かりました。ありがとうございます。――これからも道中気をつけてくださいね」

 リディスはにっこり微笑むと、ウリウスは笑顔で頷き返した。町を治める主の娘を無事に目的地まで送ることができて、ほっとしたようにも見える。

「では、私たちはこれで。ウリウスさん、お元気でいてください」

「ありがとう。そちらも気をつけてくれ――」

 感謝と別れの言葉を出すと、リディスはウリウスに背を向けて、歩き出した。少し歩けば城下町の中でも一、二を争う喧噪さを誇る大通りがある。

 久々に戻ってきた城下町にフリートは一瞬気が緩みそうになったが、背筋を伸ばして歩くリディスの姿を見て、すぐに気を引き締めて大通りに出た。

 かつての喧噪さはどこに行ってしまったのだろうか――。

 そう思ってしまうくらいに、城下町の人通りは少なかった。所々の家屋は半壊だけでなく、全壊までしている。この町に何度もモンスターが襲ってきたのは明らかだった。

 現在は姫の計らいによりモンスターの強襲は町ではなく城側で起こっているため、被害は出ていない。それでも頭上にモンスターが飛んでいるのを見ると、恐怖を抱いてしまうのが人の心理というもの。いつ降りかかるかわからない災いを恐れ、この町から去った人は少なくなかった。

 そんな町の中を五人の集団が歩いているものだから、声を投げかけられることは多々あった。

「そこの頭の良さそうな凛々しいお兄さん、うちでご飯でも食べていかない!?」

「少年、そんな華奢な体じゃこれからやっていけねえ。俺のところで鍛えていかないか!」

「紅一点な団体さんですね、よかったらこちらの宿でゆっくりしていきませんか?」

 一通り歩き終え、近くにあった裏路地に入った。フリートはリディスと視線を合わせると、お互いに肩をがっくりと落とした。

「悔しいが……誰も気づかねえな」

「……本当、声さえ出さなければ、まったく気づかれない……」

「いいことじゃねえか。城に入るまでは気づかれたくないんだろう?」

 バンダナを取り、いつもよりも服装に気を使ったトルが、飄々と言葉を発する。ルーズニルも苦い顔をしながら、眼鏡を外し、亜麻色の長い髪を下ろしていた。

「気づかれないからよかった――で、終わりじゃないわ。どうやって城に入るかよ。フリートと親しい騎士と会えないかしら。それが一番手っとり早く城に入れる方法よ」

 紺色の髪を高い位置から一本で結び、スカートではなくズボンをはいているメリッグは、二人に対して的確な指摘をする。美しい体の線がしっかりと出ている服を着ているため、町中の男の視線が彼女に向けられていた。あまり目立ちたくはなかったが、もはや仕方ないだろう。

 フリートは軽く腕を組む。

「……さっき商店街で話を聞いただろう。騎士団は朝、昼、晩と最低三回は巡回している。どんなやつが来るかはわからないが、しばらく待っていれば事情が通じる人間が来るはずだ」

「そう悠長なことを言っている場合? その日が今日になるか明日になるか、はたまた数週間後になるかはわからないでしょう」

 メリッグが若干苛立ったような口調で漏らす。

 オルテガからミスガルム国王宛に、誰かが行くという旨を書いた手紙は事前に出されていた。それを考慮すれば数日以内にどうにかなると踏んでいるが、彼女はそれでも遅いと思っているらしい。

 とりあえず城へ続く門に行こうと提案しようとした矢先に、栗色のくせ毛の少年が通りの向こう側で右から左へと焦った表情で走っていくのが目に入った。身軽な格好をし、短剣を腰から下げている。フリートが城にいた頃、懐かれていた少年だ。

「騎士見習いのクリングが町にいる……。あんなに焦ってどうしたんだ?」

「ただ事じゃなさそうな顔つきだったわね」

 リディスもクリングを見たらしく、手元に右手を添えて考える仕草をする。

「気になるわね。ちょっと行って――」

 突如リディスの言葉をかきけすような、女性の叫び声が聞こえた。外と城下町を囲む壁の方からである。フリートとリディスは隠れているのを忘れ、その方向に走っていった。

 結界の意味も兼ねている壁の近くで、ある場所を中心として人だかりができていた。その人たちはじりじりと後ろに下がっており、誰かが回れ右をすると、その場にいた人たちは一斉に逃げ始めた。

 フリートとリディスは建物に寄り、逃げ去る集団を見てからその原因となった場所に視線を向ける。視線を移動したリディスはぎょっとしていた。

 大の人間が体を抱え込んだほどの大きさの茶色い卵が、六個転がっていたのだ。鋭い嘴を用いて内側から殻を破ろうとしている卵が大半だが、既に殻が破られた卵からは、羽を生やしたモンスターが顔を覗かしている。

「鳥型のモンスターか。以前、親がここに侵入した時に産み落とした卵だろう。――厄介だな」

 フリートが携帯しているショートソードを手に添えた。

「待ちなさい、フリート。今、貴方が出ていくのは得策ではないわ。まだ様子を伺いなさい」

 二人を追ってきたメリッグが息を切らせながら、フリートを止めに入る。

「メリッグ、目の前にモンスターがいるんだぞ。どうして還さないんだ!」

 フリートは眉をひそめて言い返す。まだ町に危害を加えていないが、いずれ他の卵も孵化すれば、町の中で暴れ回り、多大な被害を与えるはずだ。

「飛び出ていきたい気持ちもわからなくはない。でも、ここはミスガルム城のお膝元よ。貴方が出て行かなくても、これくらい大丈夫なはずでしょう」

 メリッグは手を腰にあてて、切れの長い目を向ける。むっと口を尖らしていると、クリングがフリートのいる逆方向から現れた。彼の後ろからは、長身の女性を先頭にして数名の騎士がついてきた。

「セリオーヌ副隊長、こっちです!」

「クリング、ありがとう。あとは任せなさい」

 赤色の短髪の女性は双剣を持つと、加速しながらモンスターの元に突っ込んでいく。

 既に孵化したモンスターはセリオーヌを見て突撃しようとしたが、その前に彼女は目にも止まらぬ速さで斬り裂いて還した。

 その勢いのまま孵化途中のモンスターも次々と還していったが、孵化をし、その場から離れているモンスターまでは手が回らなかった。

 そのモンスターは視線を変え、逃げ遅れて立ちすくんでいる少女を見つけると、鋭い嘴を向けて駆け出した。少女が標的にされていることに気付き、セリオーヌは踵を返す。

 だが、遠かった。フリートがいる位置ならば、時間にして彼女の半分でそこに辿り着くことができる。

 少女の命と、自分の正体を瞬時に天秤にかけた後に、フリートは制止の言葉を振り切ってモンスターに向かった。

 近寄ってショートソードを抜くと、即座にモンスターの胴を真っ二つにした。相手は抵抗することなく、還っていく。周囲にモンスターがいないことを確認してから、フリートは少女の方に振り返った。

「大丈夫か?」

 泣きじゃくっている少女に、フリートは軽く頭を撫でると彼女は涙を流すのをやめた。

「ありがとう、お兄ちゃん。すごく強いんだね」

「まあな……」

 気恥ずかしそうに答えると、他のモンスターを還したセリオーヌが寄ってきた。

「そこの方!」

 どきっとしながら、フリートはゆっくり顔を向ける。女性としても魅力的な体型の持ち主であるセリオーヌは、フリートに寄ると深々と頭を下げてきた。

「助太刀、感謝いたします。貴方がいなければ、この少女は今頃……」

 丁寧語を発しているセリオーヌにフリートは目を丸くして見た。

「あの……」

「簡単にお話を伺いたいのですが、お時間はありますか?」

「セリオ――」

「セリオーヌ副隊長!」

 フリートがセリオーヌの名前を呼ぼうとしたのと同時に、クリングが話に割り込んできた。

「卵ですが、あれですべてだそうです」

「報告ありがとう、クリング」

「いえ。――ん?」

 クリングがフリートを垣間見ると、じっくり探り込むかのようにじろじろと見てきた。

「どこかで見たことがあるような……」

「クリング、彼は今この子を助けてくれた人よ」

「見ていましたよ。そういえば、あの太刀筋――」

 クリングの目は大きく見開き、フリートに向かって顔を突き出した。慌てて後ろに下がって回避するが、それが逆にあだとなる。

「待ってくださいよ、フリートさん!」

 大声でフリートの名前が呼ばれると、止めに入ったメリッグだけでなく、リディスも顔をひきつらせた。

「そうでしょう、フ――」

 次なる言葉を発する前に、フリートは慌ててクリングの口を塞いだ。まだ成長しきれていない彼はじたばたしつつ、目を輝かせて見上げている。

 フリートはその状態のまま、すぐ傍で目を大きく見開いている上司を見た。

「え、嘘……。本当?」

「……本当です。諸事情があり、こんな格好をしています。よろしければ城に入れてほしいのですが、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫。私の連れとして城にこっそりあげるから。……変装をする理由もわからなくはないけど……見事ね。どこの理知的なお兄さんかと思った」

 若干くせ毛であった髪は、メリッグの手により無理矢理とかされたことで滑らかになり、分け目もいつもと違う風になった。さらに黒縁の眼鏡をかけ、学者風情の服を着ていた。このような格好をしたことで、騎士とは一切見られなかったらしい。

「髪型一つで人は変わるって言うけど、すごいものね……。しかも眼鏡、結構似合っているじゃない。実は文官として働きたいの?」

「……立ち話はやめて、早く行きませんか? 相手側に見つかったら困るので」

「あ、そうだった。ええっと、後ろにいる集団にあの子がいるのよね。じゃあ、さっさと行こうか」

 セリオーヌはフリートに背を向けて歩き出す。フリートも彼女に続こうとしたが、少年の口を押さえ込んでいるのを思い出した。

「……クリング、俺の名前は喋るな。いいか、喋ったらタダじゃおかねえぞ」

 脅しを入れてからフリートはクリングの口から手を離した。彼は目をきらきらさせながら、フリートに飛びついてきた。

「今までどうしたんですか!? どうしてそんな格好をしているんですか!? どうして――」

 空気が読めないクリングにフリートは一発、拳骨げんこつをお見舞いする。だがそれでも喋りが止まらない彼を黙らせるには、やはり口を塞ぐのが一番であった。

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