愛されし儚き子(3)

 夕食後、リディスたちはオルテガの書斎に通された。部屋の中には護衛もいれず、オルテガとリディス、フリート、メリッグ、トル、ルーズニルの六人だけがいる状態となる。

 オルテガは中に入るなり、カーテンを閉め、部屋の中央にある光宝珠をいくつか点灯させた。部屋の中は昼間並の明るさになる。そして彼は中央にある長机の周りのソファーを軽く見た。

「適当に座ってくれ。今回リディスがシュリッセル町に来たのは、私の顔を見に来ただけではないのだろう」

「……はい、お父様」

 トルは入り口近くのソファーに座り、リディスはオルテガが座る左斜め前に、その横にはフリートが、そしてリディスの真正面にルーズニルとメリッグが静かに腰を下ろす。

 オルテガは鍵のかかった机の引き出しから、手紙の束を取り出した。彼がそれを持ってソファーに座ったのを見て、リディスは口を開いた。

「お父様はミスガルム国王と親しいのですか?」

 いきなり確信を突くのははばかられた。当たり障りのない内容で問いかける。

「ああ。若かかりし頃だが、かつて私もミスガルム城に顔を出していた時期があり、その時に出会い、歳も近かったため、親しくなった。気さくで他人想いのいい人間だったが、恐ろしいくらいに頭が回る男だったよ。――その交流は今でも続いている」

「私も少しだけお会いしましたが、素敵なお方でした。不思議と惹き付けられる雰囲気をお持ちで、王様としてふさわしい方だとも思いました……」

 沈黙が少しだけ訪れる。視線は誰しもリディスに向けられていた。

 ごくりと唾を呑みこんで、息を吐き出す。

 自らこの道を通ると決めたのだ。決して逃げてはいけない。

 若草色の魔宝珠に軽く触れ、頭の中で言いたいことを復唱してから声に出した。

「お父様、いえオルテガ様。単刀直入にお聞きします。私は貴方の娘ではないのですか?」

 オルテガは表情を変えずに口を開いた。

「血の繋がりという点で見れば、お前と血は繋がっていない。お前は国王から秘密裏にもらいうけた、養女だ」

「そうですか……」

 躊躇いもなく返答されたことに、リディスは若干衝撃を受けて視線を下げる。

 しかし、オルテガの言葉はまだ終わっていなかった。


「だが、血の繋がりを除けば、私にとってお前は唯一無二の大切な娘だよ」


 俯いていたリディスは視線を上げ、オルテガを見る。今までの人生の中で何度も顔を合わしたが、このようにじっくりと見るのは初めてだったかもしれない。彼は優しげな笑みを浮かべて、リディスを見ていた。

 オルテガの優しさに触れ、リディスの胸が熱くなる。目頭までもが熱くなるが、理性によって抑え込んだ。

「……ありがとうございます。おと――いえオルテガ様……」

「お前がいいのなら、父と言ってくれて構わない。あの人がお前から私への呼び方に関して強く言及することはないから、安心してもいい」

「……わかりました。ありがとうございます、お父様」

 血の繋がりはなくとも、その言葉があれば関係を保ち続けられるだろう――。

 心配ごとが取り除かれたことで、リディスは少しだけ落ち着くことができた。

 オルテガには他にも聞きたいことがたくさんある。次に会うのはいつになるかわからない。今後のためにも得られる情報はできるだけ得ておきたかった。そういう思いを持ってリディスは次なる質問を繰りだそうとした。

 だが、その前にオルテガが手紙の束をリディスに差し出してきた。目を瞬かせて束を受け取る。

「これは何ですか?」

「中身に書いてある差出人を読んでみるといい」

 その指示通りに一通の手紙を取り出し、中を開く。達筆な字で書かれている手紙、というのがまず抱いた感想だった。そして差出人の名前を口に出す。

「ヘイダッルム?」

 呟くと、すぐ隣にいたフリートはやや前のめりになった。

「ヘイダッルム……!? ということは、この手紙は――」

「そう、国王からの手紙だ。お前を引き取ってからあまりに多忙な時でない限り、定期的に手紙を送りあっていた。――ヘイダッルムもお前のことをずっと心配しているんだ」

「でも、それは私が鍵であるからで……」

 リディスをオルテガの元に養女に出したのは、今のような事態――扉が鍵によって開かれるのを防ぐためだ。つまりは国を、大陸を護るためといっても過言ではない。

 ロカセナに真実を聞かされた時から、そのようにリディスは思っていた。そのため若干ながらオルテガの言葉を疑っていたのだ。

「リディス、本当にそう思うのか? ならば手紙を読んでみろ」

 悶々としつつもリディスは持っていた手紙を言われたとおり読んでみる。

 内容は差出人が国王と気づかれぬよう、また万が一盗まれても支障がないよう、具体性を極力なくしたものだった。

 だが、所々にオルテガの娘――つまりリディスのことを気にする文面がある。今、手に取っている手紙は内容から判断すると、おそらく槍術を習い始めた頃のだろう。リディスが着実に力を付けていることを知り、手紙を書いた人物は嬉しがっていた。

 リディスに「会いたい」という想いが、文章全体から伝わってくる。しかしその想いを自らの言葉で断ち切り、オルテガにすべてを任せるという言葉で締めくくられていた。

「リディスがこの世の未来を左右しかねない存在と知った時、彼はお忍びで私のところに来た。あれほど悩んでいる姿は見たことがなかった。『予言通りに物事が進めば、リディスラシールに未来はない。だが、ほんの些細な抵抗ではあるが違う働きをすれば、もしかしたら変わるかもしれない。たとえ結果は変わらなかったとしても、城で窮屈な生活をしているより、町で伸び伸びと生活をした方がいいだろう』と言い、私に預けたのだ。国を護るために鍵であるリディスを隠すだけでなく、お前の日々の生活を考えてこの地に――」

「そのようなことまで考えていたのですね……」

 リディスは丁寧に折りたたんで、手紙を封筒の中にしまう。手紙やオルテガの言葉より国王からも大切に思われていると、ようやく実感することができた。それに気づき嬉しくもあったが、同時に自分が大勢の人間によって護られなければならない、特異な立場にいるということも改めて認識させられた。

 手紙をオルテガに返し、両手を膝の上で軽く握りしめながら、にっこりと微笑んだ。

「教えてくださり、ありがとうございました」

 リディスは自分に突きつけられた立場を再確認し、二人の想いに応えようと決心した。



 フリートはリディスが笑顔を振りまきつつも、若干ながら陰を帯びているのに勘づいていた。血の繋がり云々は彼女の心の中で整理されたと思われる。だが、未だに顔が緊張しているように見えた。

 突きつけられた真実や自分の立場の重要性に気づいたことで、今後は迂闊な行動はとれないと察したのかもしれない。

 果たして彼女に未来はあるのか――、それがフリートにとって一番の気がかりであった。

「あのお父様、道中で会った人に聞いたのですが、城がモンスターに襲われているというのは本当ですか?」

 リディスは話題を変えて、質問し出す。ミスガルム国王と手紙のやりとりをしていたオルテガだ、何か詳しいことを知っているかもしれないと思い、まず尋ねたようだ。

 フリートも是非とも知りたいと思い、身を乗り出してオルテガに視線を送った。彼は固い表情で首肯する。

「それは本当だ。ヘイダッルムから扉が開いた後に手紙を二通もらった。一通目は扉が開き、リディスたちが行方不明になったということ。二通目はリディスが記憶喪失になったという連絡と、こちらは動くことができないくらいにモンスターから攻撃を受けている、シュリッセル町でも厳重に警戒するようにというものだ」

「騎士団が動くことができないくらいの、攻撃……」

 リディスの顔色が青くなっていく。しかし、バンダナで頭を縛った青年が飄々とした様子で口を挟んできた。

「大丈夫だって、俺が来た時も辛そうだったが、何とかやりすごしていたさ。思ったよりも大丈夫なんじゃねえか? 外に戦力を割けないってだけで」

「そ、そうよね。奇襲でもない限り、ミディスラシール姫たちがそう簡単にやられるわけないよね」

 フリートもそう思いたかったが、カルロットは重傷、他の隊長格も何人か深手を負っている状況では、通常時よりも苦戦を強いられている可能性があった。

 ルーズニルは思案下な表情で、フリートやリディスを見た。

「ねえ、二人とも、すぐにでも行きたいっていう顔をしているけど、モンスターに襲われているということは、おそらく城内の警戒は厳しいと思うよ。どうやって移動して、入城する?」

「城下町までなら荷馬車で移動するといい。近日中に城へ行く馬車がある。それに乗れるよう手配しよう」

 オルテガがルーズニルの問いの一つに簡潔に答えてくれる。ルーズニルは即座に返答をもらい、目を瞬かせていたが、すぐに口元を緩ませた。

「ありがとうございます。是非ともお願いします。――フリート君、次に城下町からどうやって城に入る? 素顔を晒したまま真正面から入ると、敵側に気づかれる場合が高い。抜け道とかあるなら、そこを通るのがいいかもしれないけど、どうかな」

 フリートはルーズニルの話を受けて、王国の地図を脳内に広げた。こんなご時世である、多くの道は封鎖されているはずだ。地図に載っていない騎士や城の一部の者のみが知っている道もあるが、ロカセナが裏切ったことを踏まえると、そこすらも封鎖されている恐れがあった。

 つまり最も警戒がしやすい、正面の門しか開いていないと思われる。

「オルテガ様、一ついいでしょうか」

 ずっと黙っていたメリッグがオルテガに顔を向ける。

「何だね?」

「今のミスガルム城には、検問のようなものはあるのですか?」

「ああ、あるようだ。入城する際に、かなり厳重な検問が行われているらしい。特に素性確認には力を入れているとか。城に縁がなければ、すぐには入れないだろう」

「わかりました。……そういう状態だとフリートとリディス、ルーズニルは比較的すぐ城内に入れるわね」

「え、俺は!?」

 トルが驚いた表情をして立ち上がる。メリッグは横目で彼を眺めた。

「貴方が一番無理だと思うわ。傭兵という経歴にケチを付けるつもりはないけれど、素性はわかりにくいでしょう。私も七年も空白の時間があるから、見知った顔がいないと厳しいかもしれない」

「お姫さんに会えば通してくれるだろう!」

「こんな時にお姫様が正門まで出てくるはずないでしょう、本当に馬鹿ね」

 大袈裟にメリッグは息を吐き出す。それを見てトルは反論しようとしたが、彼女の冷たい視線を突きつけられて、思いとどまった。

「姫に会えば……か」

 トルの言葉をフリートは復唱する。

 たしかにミディスラシールや国王などと会うことができれば、こちらの素性も知っているため、手続きも簡単にできるはずだ。だが、二人はあまりにも身分が高すぎる。城に入らない限り会うのは不可能だ。

 せめてフリートと面識があり、それなりの地位がある騎士と接触ができれば、状況は好転してくるはずだ。しかし、そう都合よく接触できるわけがない。

 腕を組んで唸っていると、リディスが横から覗いてきた。

「ここで考えても埒があかないと思う。移動で数日かかるんだから、その間に考えない? 臨機応変に動くんでしょう?」

 リディスがフリートを見かねて提案してくる。綿密に先を考えてから物事を行うフリートにとってはとんでもない言葉だが、明日すら何が起こるかわからない状況では、それも有りかもしれない。

「そうだな。セリオーヌ副隊長とでも接触できれば、すんなりと城の中に入れてくれそうだからな。――後でゆっくり考えてみる」

 そう返すとリディスはフリートを見ながら微笑んだ。

 一方、トルがじっとリディスを見ているのが気になった。胡乱気な目でフリートは睨み付ける。

「何だ、トル」

「いや、リディスの髪って、やっぱ目立つよなって。金髪の女が城下町に入っただけでも、ばれるんじぇねか?」

 リディスは表情を一転して、慌てて自分の髪を見返した。フリートも今まで多数の町や村を回ったが、金髪の女性など数えるほどしか見たことがない。

「そうだよね、目立つわね……」

「まあ服をもっと地味なのにして、頭をすっぽり覆える帽子を被れば、どうにかなるんじゃないかしら」

 メリッグは目を細めて、リディスを頭から靴まで見渡す。

「あとよ、フリートも城に入るまでは存在を知られたくないだろ。けど城下町にはさ、お前の顔を知っているやつが結構いるんじゃねえのか?」

「俺にも変装しろっていうのか!?」

 予想外の方向から火の粉が飛んできて、フリートは素っ頓狂な声を上げる。黒髪の男性などたくさんいるが――たしかに城下町では顔が割れていた。

 メリッグは視線をリディスからフリートに向け、じっと顔を見ると、口元を大きくにやけさせた。それを見て、背筋に悪寒が走る。

「……大丈夫よ、フリート。貴方とはわからない、ぴったりの変装をさせてあげるわ。――まずこの町で必要物資は取り揃えた方がいいわね。明日買い物をして、翌日に出発ってことでどうかしら」

 メリッグは緩んだ口元を戻し、きりりとした表情でフリートとリディスを見てきた。なるべく早く移動したいが、準備は念には念を入れておく必要がある。彼女の意見に賛同し、二人でしっかり首を縦に振った。

 そして、翌日の動きの確認をし、荷馬車の手配をオルテガに頼んだ後に、その日はお開きとなった。

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