重なりゆく運命(3)

 * * *



 翌日、ミスガルム騎士団とリディスたちはミスガルム城に向けて再び出発した。船で二日半、そして馬車で半日移動する。

 カルロットは面白くなさそうな表情で、船の脇で座っていた。セリオーヌや船長が彼に向かって素振りなどをしないよう、きつく言い放ったためである。

 武器を取り上げるという意見もあったが、何かがあったときの対処に遅れが生じる可能性があるため、さすがにそこまではしていない。ただし迂闊に剣を抜かないよう、騎士の一人は必ず見張っている状態だった。

「どうして陸路で行かねえんだよ! こんなところでじっとしているのは、性に合わねえんだ!」

「上から彼女たちに無理をさせないよう言われているんです。少しは休ませてあげてください」

 セリオーヌが腰に手を当てて、肩をすくめている。甲板に出ていたリディスはその内容を聞いて首を傾げた。

「無理をさせないようにって、どういう意味ですか?」

 ある一人を除き、海路を使っての移動の方が体にかかる負担は小さい。

 しかし、船の移動には欠点がいくつかある。モンスターから一局集中に攻められる場合があるし、金銭的な面を考えると陸路よりも遥かに高い。

 セリオーヌは軽く腕を組んで、リディスを眺める。

「あとで言うつもりだったんだけど、十日後にミディスラシール姫の誕生日会があるの。おめでたい歳だから、城の関係者だけでなく、外部の方にも多く祝ってもらおうと考えているらしくて、リディスやルーズニルにも是非参加をと、声がかかっているのよ」

 さらりと出された言葉を聞き、リディスは一瞬固まった。内容を脳内で繰り返すと、途端に顔がひきつってくる。

「お姫様の誕生日会に私が……? 面識もないのに、どうして私が!?」

「あっちは知っているみたいよ。どこかですれ違ったんじゃない?」

「そんな記憶ありません! ……ああ、誕生日会ということは、ドレスですよね? 急いで実家に問い合わせて届けてもらいます!」

「その心配はないそうよ。綺麗なドレスを用意するわって、意気込んでいたから、姫が」

「待ってください。どうしてお姫様が私のことを気にかけてくれるんですか。ただの一貴族の娘ですよ!?」

「どうせ姫の気まぐれよ、あまり深く考えないで。同年代の子と話でもしたいんじゃない? 一つの交流の場として、姫に付き合ってあげて」

 セリオーヌに言いくるめられ、リディスは反論の余地を失ってしまった。

 だが、言葉では突っぱねていたとはいえ姫に興味はある。これがきっかけとなり、お近づきになれるのなら、願ってもないことだ。

 リディスは少し思案した後に、首を縦に振った。

「……わかりました。お姫様が気に入る話ができるかわかりませんが、努力はします」

「ありがとう! 気を張らなくても大丈夫よ、姫はいい子だから」

「あの、セリオーヌさんはお姫様と仲がいいんですか?」

「仲がいいというか、頼られているって感じかな。フリートほどではないけど」

 “フリート”という名前が出ると、リディスの心拍数が上がった。

「姫はね、リディスと同じくらいの歳で……というか、もしかして同じ?」

「私は今度二十歳になります」

「同じじゃない! 姫も今度の誕生日で二十歳になるのよ。リディスはいつ誕生日なの?」

「ええっと、私は……」

 つい視線を逸らして言葉を濁してしまう。

 その時、不幸中の幸いか、カルロットが腰を上げてセリオーヌに近寄ってきた。

「おい、ちょっと話がある。あっちで話でもしねえか?」

「模擬剣で素振りをしたいっていう相談事も駄目ですよ」

「んなこと、わかっている!」

 セリオーヌは溜息を吐くと、リディスに対して軽く手を振った。

「じゃあ、私はここで。誕生日会についてはまた後で話すね」

 それだけ言い残して、セリオーヌはカルロットと共に船室に入っていった。

 リディスの髪が風によってなびかれる。大海原を見ながら、肩をすくめた。

 別に誕生日を隠す必要などはない。

 ただ、少しだけ羨ましいと思ってしまっただけなのだ。

 姫は毎年盛大に大勢の人に祝ってもらっているのだろう。リディスも見知った町の人間からはお祝いの言葉をかけてもらえるが、夜は父親とマデナの三人だけの食事が多かった。

 もし仮に自分の誕生日を言ったら、フリートやロカセナたちは祝ってくれるのだろうか。それが別の大事な日と同じでも。

 それが気がかりで、リディスは口を閉じてしまったのだ。気を使われるくらいなら、言わない方がいい。

 吹き抜ける風が肌寒く感じられるようになる。陽は少しずつ下り始めており、もうすぐ夜を迎えるだろう。気温は下がっているが、天候が大きく崩れないのは幸いだった。



 カルロットの意向に反し、しかし他の人たちにとっては有り難いことに、航海中にモンスターが集団で襲ってくることはなかった。つがいや単体で上空を飛んでいるのは見たが、船を見ることなく去っている。

 ミーミル村でもらった結宝珠が効力を発揮しているためだろう。強固な結界を張り続けているにも関わらず、長時間たっても強度が衰えない結宝珠だった。

 ルーズニルはにこにこしながら、結宝珠の時間ごとの経過を調べていた。魔宝珠に関して研究をしている身としては、とても興味深い代物なのだろう。結界が周囲に張られているにも関わらず、結宝珠に触れそうになったため、慌てて止められている。

 もう少しでミスガルム領域に到着するという時、リディスは護衛の交代時間になっても現れないロカセナを探しに、顔色が優れないフリートと共に甲板を歩いていた。

 一回りしていると後方で船の縁に腕を乗せ、顔を埋めているロカセナを見つけた。

 フリートと顔を見合わせて、首を傾げた。体調が悪いのなら、護衛はフリートに引き続きお願いすればいい。

 それを聞くために、ゆっくり近づき彼の左肩にそっと手を乗せようとした。

「ロカ――」

 だが触れる直前、彼の体が大きく動き、激しく手を振り払われた。

 瞬間、ロカセナと視線が合う。食い縛った険しい表情で、リディスに鋭い視線を突きつけていた。

 豹変した彼の様子に、言葉が出なくなり立ちつくしてしまう。

 すぐにロカセナの表情が一転、ばつが悪そうな表情で彼は視線を下げた。

「ごめん……ちょっと考え事をしていて」

「私こそ、ごめん。気の散るようなことして……」

「何か用かな?」

「交代の時間が過ぎても来ないから、どうしたのかなと思って。調子が悪いなら、そのままフリートに頼むよ」

 ロカセナは腰から下げている懐中時計を見ると、あっと声を漏らす。

「本当だ、ごめん……」

「だからいいって。――フリート、引き続きいい?」

「ああ、構わない」

「ありがとう、フリート。少しゆっくりさせてもらうね」

 簡単な会話をし、うなだれているロカセナを一瞥してから、リディスたちは甲板の前方に歩いていった。

「疲れているのかな」

「それもあるが、一人で考え事をしても別にいいだろう。あいつ、いつも笑いながら俺たちのことを指摘するだけで、自分の主張はほとんどしない。だから、どこかで心の中の意見を整理して、消化しているんじゃないか?」

「それとも何か思い出していたのかな。よくない思い出とか……」

「その可能性もある。あいつの過去、俺も聞いたことがないから、どういう過去を思い出していたかはわからないが」

 リディスは背中を船室がある壁に寄りかかった。フリートはその前で腕を組んで立っている。


 以前、フリートはロカセナとルーズニルには大きな違いがあると言っていた。二人とも基本的にはにこにこしているが、内に秘められた想いがまったく違うという。それをようやく最近になって、リディスは気づき始めていた。

(私の手でどうにかなるのなら、助けたい、ロカセナの心を)

 いつも彼には助けてもらっていた。数週間共に過ごしているためか、今ではリディスの中で精神的な支柱の一人となっている。

 ぎゅっと手を握りしめて、前方を真っ直ぐ見た。海だけでなく、陸地が薄らと視界に入ってくる。それを背後で沈んでゆく陽が照らし出していた。

 ようやく戻って来たという安堵感が心の中に広がってくる。

 赤く染められる大地はとても美しくも儚くも見えた。

 だが、ふと、その光景を見て、ほんの少しだけリディスは胸騒ぎがした。



 ミスガルム領の港町でもっとも栄えているラルカ町は、懐かしい雰囲気が漂う場所だった。ヘイム町のように町民たちは騒がしくなく、かといってミーミル村のように控えめでもない。

 あえて言うのならば、リディスの実家があるシュリッセル町のような穏やかな人たちが多いのだ。

 ムスヘイム領やヨトンルム領の文化に触れ、とても刺激的で収穫が多い旅だった。様々な事件にも遭遇したが、それを切り抜けただけの価値ある旅だったように思われる。

 しかし一番知りたかったことについては、まだ空を掴んでいるような状態だった。もしかしたら決定的なことを既に聞いているのかもしれないが、確証までは届いていない。

 ラルカ町には夕方に到着したため、そこで一泊してから城に戻ることになる。

 ミスガルム領で久々に寝るベッドは非常に柔らかく、疲れていた体はすぐに眠りを欲した。そのためリディスは横になるなり、あっという間に眠り込んでしまった。



 * * *



「そんな……! まだ赤子のこの子が背負い込むのですか!?」


 ある一室で凛とした張りのある声を出す女性が、男性に向かって叫んでいた。よく通る声だが語尾が震えている。

「仕方ない、先ほどの予言でそう告げられた。私たちではなく、この子に精霊たちは求めたのだ。もはや私たちの力ではどうにも――」

 男性は躊躇いながらも重い口を開いている。育ちの良さそうな顔をしているが、今は苦悶の表情で満ちていた。彼を見た女性は目を閉じ、拳を握りしめる。

 やがてゆっくり見開いた。

「――私がどうにかします」

「気持ちは分かるが、これは選ばれた者でしかできないことだ。そもそもお前は代々続くあの方の血を引いていない」

「ええ、その通りです。ですが、私もそれなりに召喚の素質はある方です。ある程度のことならできるでしょう。精霊の恩恵を受けたことで得た召喚の力があれば、どんな困難も乗り越えられると言われていますから。……たまたま時期が重なっただけで、まだ何もわからない赤子に重い運命を背負わせるわけにはいきません」

「だが、どのようにするつもりだ? たとえ精霊とより親しいお前がここから祈りを捧げても限界がある。直に行かなければ――」

 女性は男性に背を向け、窓辺に手を付けた。

「その通りですわ。直に祈りを送る必要があります」

 窓から見える風景で一部不自然なところがあった。女性と男性は高いところから見下ろしているため、その地面の様子があからさまに浮き彫りになる。

「あの子の代わりに、私が直接行って祈りを捧げます」

 男性の目が徐々に見開いていく。信じられないといった表情だ。

「さすがに“そのとき”は私では対処できないでしょうが、その頃までにはこの子は立派な大人になっているはずです。だからそれまでの間、繋ぎとして私が祈りを捧げ続けます。そうすればすぐには変革が起きないはずでしょう」

「だが、選ばれた者ではない人間があそこに入るには……。そこまで覚悟しているのか?」

 女性は言葉を発することなく、憂いを含んだ笑みを浮かべた。


 それが彼女の答えだった。



 * * *



 夜中、ぼんやりとリディスは目を覚ました。左右には規則正しい寝息を立てている、メリッグとセリオーヌがいる。

 男性と女性が出て、ある物事に対し葛藤している夢だった。顔も容姿もほとんどぼやけていたため、二人がどういった人物なのかわからない。しかし夢であるはずなのに、妙にしっかり記憶に残っていた。

「“その刻”か……」

 ぽつりと呟いて何かが変わるわけでもない。ただ、言葉に出すことで、脳内に埋め込むことはできた。

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