重なりゆく運命(4)

 * * *



 翌日、ミスガルム城からの迎えが寄越され、リディスたちは二組に分かれて馬車に乗り込んだ。片方はリディス、フリート、ロカセナ、そしてもう片方はルーズニルとメリッグといった顔ぶれで分かれている。

 第三騎士団も分かれて乗っており、カルロットとセリオーヌはリディスたち側にいる。セリオーヌの顔は疲れているようにリディスは見えた。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと溜まっていた仕事をこなしていただけ。心配しないで」

 リディスが目覚めた時には既に正装に着替えて、何か作業をしていた。その後に水晶のような魔宝珠を再び持たされている。

「城に着いたら、まず王と姫と謁見、そこで欠片を渡して……、リディスは時間があったらドレス選びという予定よ。二人は部屋に戻って、報告書の作成をしてちょうだい」

 セリオーヌは束ねた紙を捲りながら伝えていく。その隣でカルロットは腕を組んで、二人の青年をじろりと見た。

「報告書の前にどれだけ鈍っているか、俺が確認してやろう。謁見が済んだら、すぐに鍛錬場に集合だ!」

「報告書が先です。話を聞いていると非常に厄介な相手と対峙したようですから、いち早く他の騎士たちに知らせるべきです」

「そんなの夜でもできるだろう!」

「隊長」

 セリオーヌは無駄な言葉をいっさい加えず、ただ静かにその単語を強調した。

「未遂とはいえ、火と風ときました。次にくるのはどちらでしょうか。水? それとも――」

「――わかったよ。おい、お前ら、とっとと報告書作りを終えろよ。その後に一汗流してから晩飯だからな」

 カルロットはセリオーヌの言葉を受けて、真顔で頷き、その後にフリートとロカセナを眺め、にやにやと笑みを浮かべながら言い放った。フリートはその言葉を聞き、項垂れながらも首を縦に振った。

 もし欠片を狙っている人たちが、次に土を狙うとしたら、おそらくミスガルム城や付近を襲ってくるだろう。四大元素の魔宝珠の加護を直に受けている所は、より発展すると言われているからだ。

 非常に貴重なものであり、潜在的に隠された力がある欠片。何としても奪われてはならない。

 だが、リディスには欠片のことよりも、目の前に突きつけられた現実的な問題の方で頭がいっぱいだった。

(ドレスを選ぶってことは、やっぱりお姫様の誕生日会に出席しなければならないのね……)

 噂の姫と対面するまでもう少し。楽しみにしている反面、緊張もしている。そしてリディスは気づかなかったが、ほんの少しだけ別の意味で心が揺れ動いていた。



 馬車は裏門から入城し、リディスたちは数十日ぶりにミスガルム城に戻ってきた。整えられた庭、綺麗な外壁、そして所々にいる騎士や学者、貴族の存在が、その場所の高級さを物語っている。今までは庶民的な場所を訪れていたため、その絢爛けんらんさを目の当たりにすると圧倒されてしまいそうだ。

 セリオーヌの指示通り、リディスたちは城の中心にある謁見の間に連れて行かれる。途中でフリートを追っかけている栗毛のクリングも目に入ったが、カルロットなど強面の男が周囲にいたため、ひょこひょこと近づいてこなかった。

 国王たちと謁見する特別な場であるため、緊張で鼓動が速くなっているリディスだが、他の人たちは特に緊張しているようには見えなかった。

 ルーズニルやメリッグ、ロカセナは物事をそつなくこなす印象があるため違和感はなかったが、フリートが落ち着いているのは若干意外である。

「騎士だからって、そう簡単に国王様と会わないよね。それなのにどうしてそんなに落ち着いているの?」

 リディスが声をひそめてフリートに聞くと、穏やかな顔で返された。

「俺だって多少は緊張している。だが、とてもいいお方だから、へましても笑って流してくれる」

「いい方?」


「この人なら護り抜きたいと思える、そんな人だ」


 先を歩いていたセリオーヌが大きな扉の前に立ち止まり、リディスたちの方に振り返る。

「この中で国王と姫は待っているから、そこで欠片を渡してちょうだい。私はここで待っている」

「は、はい……」

 胸ポケットの中に物があることを手で握りしめて確認する。

 そして、セリオーヌと再び視線があったのを合図に、両扉がゆっくり開いた。

 漏れ出る光に僅かに目を奪われるが、徐々に慣れてきたところで、室内に足を踏み入れる。

 赤絨毯の上を一歩、一歩進むと、十段ほどある階段に差し掛かった。それを上ると目の前の椅子には凛々しい顔つきをした金色の髪の男性が座っており、その隣に長い金色の髪を巻いた、緑色の瞳の女性がにこやかな表情で立っていた。

 三歩ほど離れたところでリディスを中心として立ち止まると、国王はゆっくり立ち上がる。質のいい素材でできているきらびやかな服だ。彼は微笑みながら、一歩だけ前に出た。

 リディスは緊張して鼓動が弾けそうだったが、深呼吸をして少しだけ心を落ち着かせた。軽く頭を下げてから口を開く。

「初めまして、ミスガルム国王様。シュリッセル町から参りました、リディス・ユングリガと申します。この度は私たちに大層な役目をお与えくださり、誠にありがとうございます」

「初めまして、リディス・ユングリガ。こちらこそ無理をしたお願いにも関わらず、受けてくれて感謝する。早速だが例のものを渡してくれるか?」

 リディスはポケットから、火と風の欠片が入った小瓶をそれぞれ取り出し、国王に受け渡した。受け取ると、国王は小瓶を軽く上に向けて、天井にある光宝珠に光を通す。それを終えると、部屋の端にいた足先まで群青色のローブが伸びている、白髪の老人に手渡した。

「アルヴィース、これは本物か?」

 アルヴィースと呼ばれた老人は、国王と同じように欠片に光を当てる。国王よりもじっくり観察した後、視線の高さに小瓶を戻すと蓋を空け、人差し指で欠片に触れた。一瞬で指を離し、侍女に差し出された濡れタオルに指を埋める。

「間違いなく本物です、国王」

 タオルから離すと、指にはうっすらと火傷ができていた。

「それぞれの領に対して恩恵を与えている魔宝珠でなければ、このような拒絶反応は起こりませんから」

「そうか、わかった。病み上がりの中、わざわざすまなかった。下がっていいぞ」

 アルヴィースは一礼すると、ゆっくりとした足取りで部屋を後にした。国王に信頼されている彼は、何者なのだろうかとリディスが思っていると、姫が口を開いて説明を加えてくれた。

「先ほどの方、アルヴィースは城で専属の予言をしてくださっているお方ですわ。先日、非常に重い予言をしたため、体調を崩してしまわれたけれど、今はだいぶ良くなりましたのよ」

 姫の声を聞くなり、リディスは軽く目を見開いた。姿を見た時にひっかかりを覚えたが、声を聞くことで、ある一つの核心へと変わりつつある。

 国王はリディスたちの顔を一人一人見た。

「本当は道中の話しを詳しく聞かせてもらおうと思っていたが、私も少々時間がない。騎士の二人とルーズニルの報告書は後で読ませてもらう。彼女については……ミディスラシール、お前が話を聞きなさい」

 国王の視線がリディスに収まる。聞き捨てならない内容に、思わず首を横に振った。

「いえ、私も報告書を作らせて頂きます! お姫様の手間を取らせるわけにはいきません」

「本日の姫の予定は特にない。良かったら話をして欲しい。この子は旅の話を聞くのが好きだから」

 返答に言葉がつまる。国王に頼まれたら、断ることなどできない。ミディスラシールの笑顔に押されつつ、リディスは軽く頷いた。

「……承知致しました。私でよろしければ、是非ともお話をさせて頂きます」

「ありがとう。ではミディスラシール、彼女を応接間にでも連れていきなさい。あとセリオーヌ副隊長にも同行するように」

 ミディスラシールは王から離れ、リディスの前に立つと軽く一礼をした。

「行きましょうか、リディスさん」

 間近で見た笑顔はあの人と重なった。思わず問おうとしたが、場を考えて言葉を飲み込む。

 そして歩き始めたミディスラシールの後ろに付き、リディスたちは謁見の間から出ていった。


 外に出ると、壁に背中を付けていたセリオーヌが近づいてくる。

「欠片は渡し終えたの?」

「はい。この後、フリートとロカセナ、そしてルーズニルさんは報告書を、私はお姫様とお話をすることになり、セリオーヌさんに……」

「同行しなさいとでも言われたんでしょう。――フリートとロカセナ、部屋に行って、報告書を作成してきなさい。ルーズニルさんも散らかっているところですが、第三部隊の部屋でも使ってください」

 ルーズニルは柔らかな表情で首を縦に振った。フリートはまずリディスに、そしてミディスラシールを見てから、セリオーヌに軽く頭を下げると、ルーズニルを促して歩き出す。ロカセナは名残惜しそうな表情でリディスの顔を見つつ、セリオーヌに挨拶をしてからその場から離れた。

 どうしてあんな表情をしたのだろうか――ロカセナが最近見せる、不思議な行動の一つとして脳内に残る。

「姫、どこで話をお聞きになりますか?」

「私の部屋の近くにある、応接間でお話をしてもらいましょう。あそこなら穴などありませんから。――ねえ、予言者さんもお話をしてくださるの?」

 切れ目で紺色の長い髪の女性に、ミディスラシールは話しかける。メリッグは表情を変えずに、静かに首を横に振った。

「私のお話など、たいした内容はありませんよ。それよりも私は二人の関係が気になりますわ」

 一瞬、ミディスラシールは眉をひそめてメリッグを見る。だが、すぐににっこりとリディスに微笑み返した。

「関係と言いましても友達ですわ。数回、お茶をした仲の」

「では、やはりミディラルさんですか!?」

 ミディスラシールはにこやかに頷いた。図書室で出会い、フリートたちがモンスター掃討に出かけている時に何度かお茶をした、金色の髪の美しい女性ミディラルは、なんとミディスラシール姫だったのだ。

 高貴な雰囲気は醸し出していたが、リディスが勝手に思い描いていた姫とは一致せず、さらにミディラルの本当の姓名を知らなかったため、姫だとは思わなかったのである。

 再会して嬉しいという思いもあったが、同時に非常に恥ずかしくなった。

「申し訳ありません……、姫とは知らずにお茶など……。しかも勝手なことばかり喋っておりました……」

「構いませんわ。身分を敢えて言わなかった、私がお茶に誘ったのよ? そこらへんは察して欲しいですわ。――さあ、立ち話ではなく、座ってじっくりとお話を聞かせてちょうだい」

 手を取られ、共に歩き始めた。有無を言わせない押しの強い印象――それはフリートが苦虫を潰したような表情で言っていた、姫の様子と似ている。ミディラルとして接していた時は感じなかったが、本当はこちらの方が素の彼女なのもしれない。

 喋りかけられながら、リディスは受け答えをする。セリオーヌが苦笑して、その後を歩いていた。

 そしてメリッグは、二人で仲良く歩く後ろ姿を一歩引いて眺めていた。

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